第8章 現世編(前編)
浦原商店の地下。そこでゆうりは死覇装姿で己の愛刀、胡蝶蘭を手に構え視界を閉ざしていた。開放された霊圧が身体を取り巻く様に立ち昇り、その圧は徐々に徐々にと上がってゆく。
「……卍解。"刹月狂乱華"」
ふわっと長い髪が靡いた。真っ黒な筈の死覇装は対称的な白へと変わり、真っ白な刀は薄桃色へと変わる。同時に彼女の周りを数え切れない程無数の花弁が散った。桃色のそれはまるで小さな蝶のような形をしており、ヒラヒラと静かに舞う。ゆうりはゆっくりと瞼を持ち上げ視線を右往左往と巡らせる。
「うーん、無いな。」
花弁のひとつひとつが、彼女の持つ記憶の欠片だった。浦原と初めて出会った事、死神になる前に瀞霊廷で過ごした日々、真央霊術院で学んでいた時期…その全てが事細かに記憶として花弁となっている。その中で今探している欠片はたった1つ。死神になる更に前…まだ浦原と共に瀞霊廷に居た頃見た、藍染惣右介の斬魄刀"鏡花水月"の始解を見た記憶。
しかし、死神としてはまだ短く、人間からすれば長い刻を過ごしたゆうりにとって記憶という名の思い出は既に到底数え切れぬ程増えており、どれだけ探してもたった一欠片が見つからない。胡蝶蘭が、取り除くのは難しいと言っていた意味が今なら良く分かった気がした。
「…はぁ、今日も駄目ね。」
卍解を解き深い溜息を吐き出す。卍解で己の記憶を具現化出来るようになったのは、現世へ逃げおうせてから実に一年以上の時間を経たごく最近の事だ。後は該当する欠片を見つけ出し、己の刀で切り払う事で記憶の削除は完了するのだがなかなかどうして上手くいかない。それはさながら手術の様で、極僅かな癌を見つけ出し、摘出する作業にも似ている。
ゆうりはその場に身体を投げ出し大の字に寝転んだ。
「他の技も磨かなきゃいけないのに、難しいものだなぁ。」
そう言えば、浦原の卍解は戦い向きのものでは無いと以前四楓院から聞いた事を思い出した。あれはどういう意味なのだろうか。もしかして、自分と同じような系統の卍解なのでは…?そんな考えに至ると、彼女は、がばりと身体を起こし脱いだ義骸を着て店へと戻る。
「ム、修行は順調ですかな?」
「おはようございます、テッサイさん。それが、順調とは言えないんですよね…喜助ってもう帰って来てますか?」