第8章 現世編(前編)
「独占した気持になるんスよ。この人はボクのものなんだ、って。なんなら、ボクにつけ返します?」
「つけたら喜助の気持ちも分かるかな。」
首に細い腕が回される。そして彼女の細い吐息が肌に触れたかと思うと小さな唇が胸元へ寄せられ自分がした事と同じように強く吸い付いた。顔が離れると、綺麗に残った痕へ彼女の指がそっと触れ、満足気に口元に弧を描かせる。
「…ふふっ、おそろい。」
「…このままずっと、消えなくていいんスけど。」
浦原はつられて頬を緩めた。それから、行為を続けようと彼の手がごく自然にゆうりの帯へと掛かる。が、すかさずその手首は掴まれた。
「駄目、ここホテルだよ?普通のホテル!嫌じゃないけど…周りに声聞こえちゃうし、恥ずかしいよ。」
「えー!?ここまでして!?」
「そういう目的のホテルだったら…いい、けど…汚したら迷惑掛かっちゃうもの。だから、だーめ。」
「そんな…!!」
確かに彼女の言うことは一理ある。というか、もっともだ。しかしながらここまで挑発されたにも関わらずお預けとは…。
「今日は、ちょっとした息抜きの為に来たんだよ!だーかーらー…!」
「うわっ!?」
ゆうりは帯を掴む彼の手を引き寄せ無理矢理自分の隣へと寝転ばせた。女といえど、霊圧の高い彼女の力は並大抵ではない。あっさりベッドに転がされた浦原は頓狂な声を漏らした。
「今度は、喜助からデートに誘ってくれるの待ってるわ。」
「…まさかここまでゆうりが男慣れして帰って来るなんて思っても無かったっス。」
「初心な方がお好み?」
「いいえ、どんな貴女でも好きですよ。」
躊躇いなく返される返答に一瞬押し黙った。浦原は露骨に溜息をつくなり彼女の背と腰へ腕を回し抱き寄せる。ゆうりも応えるように抱き締め返した。
「仕方ありませんねぇ、今日はここまでで我慢するとします。けれど…次にボクと二人きりになる時は、待ては聞きませんからね。」
「元々場所が場所じゃなかったら拒むつもりなんて無かったわ。」
「それはまた、惜しい事をしましたねぇ。」
衣服越しに互いの体温が溶け合っていくのを感じる。それはとても心地よく眠りへと誘ってゆく。
「おやすみ、喜助。」
「おやすみなさい。」
瞼を降ろし深い眠りに堕ちる。今はただ仮初の安寧に身を委ねるのだった。
*