第8章 現世編(前編)
「照れてるんスか?可愛いなぁ。」
徐々に顔が迫った。鼻先が触れ合いそうになるほど近づけば自然と瞼が降りる。上体が密着し、軈て唇同士が重なった。啄む様に何度も角度を変えながら緩慢な動きで触れてはリップ音が鳴る。
「っは……。」
「ん……っぁ…!」
頬へ添えられていた手の親指が眦を撫で、示指が耳介をなぞった。ゾワゾワと背筋が粟立ち唇が開くとすかさず、ぬるりと舌が咥内へ潜り込んで来る。熱を帯びた舌が器用に咥内を舐り、歯列をなぞると据えた水音が室内に響く。唾液を混ぜるように絡む舌に応え、呼吸を奪う深い口付けに意識を集中させ没頭した。
どれだけそうしていたか分からない。ようやく唇が離れるとゆうりは肩を上下させ深く酸素を吸い込みぼんやりと彼を見つめる。浦原は濡れた己の上唇をペロリと舌なめずりして瞳を細めた。
「…顔、真っ赤っスねぇ。」
「だって、長いんだもの…。」
「耳弱いんスか?さっき耳触った時、反応してたの見逃しませんでしたよ〜?」
「ひっ…ゃ…!い、意地悪…!!」
ちゅ、と耳元へ口付けられた直後に歯牙が耳朶を挟み甘噛む。かと思えば唾液を纏った舌先が耳孔へ軽く差し込まれわざと粘着質な音を立て舐った。羞恥心と、こそばゆいような言葉にし難い感覚を受け、縋るように浦原の背に腕を回し浴衣を握る。
「意地悪上等、今まで見た事が無いゆうりの姿を見れるなら、これ程嬉し事は無い。」
「…馬鹿。」
囁かれる甘い言葉にきゅうっと心臓が締め付けられた気がした。向けられる視線は、まるで慈しんでいるかのようだ。そんな顔をされたら、拒む事なんて出来ない。
ゆうりは再度瞼を閉じると首の角度を変えて浦原へ口付けた。
「私、喜助になら何されても嫌じゃないよ。」
「…参ったな、そんな事言われたら…抑えられ無くなる。」
己の下で微笑むゆうりが堪らなく愛おしい。たとえこの言葉が自分だけで無く他の男に使っていたとしても、今彼女の目に映るのは紛れもなくボクだけだ。今は、それでいい。
浦原ははだけた胸元へ顔を埋めると鎖骨より少し低い位置に唇を当てキツく肌を吸い上げた。チクリと小さな痛みと共に、吸いつかれた箇所には花弁を散らした痕がくっきりと残る。
「…男の人って、キスマークつけるの好きね。」