第8章 現世編(前編)
「ねぇ、喜助は研究したものをどうしてるの?」
「そうですねぇ、物によりますけど地下でテストしたり、死神に売ったりしてますよん。駄菓子屋だけでこっちの生活続けるのは、ほぼ無理ですから。」
「死神に?接触してるの?」
「えぇ、勿論相手は選んでますけど。」
「…じゃあ、志波一心さんを、知ってますか?」
名前を聞いた途端浦原の肩が小さく揺れた。この反応を見る限り、知っていると思って間違いは無いだろう。
「一心サンなら、もう死神にはなれませんよ。こっちでボクらと同じように暮らしているのは間違い有りませんけどね。」
「死神になれない?どうして?」
「彼は滅却師の女の子を救う為、死神である事を辞めたんス。今は虚はおろか、霊を見る事すら出来ません。本当に普通の人間として、空座町で暮らしてます。」
「滅却師…。」
あの時の…黒崎真咲と名乗ったあの少女の事だ、間違いない。けれど救う為、というのはどういう意味だろうか。戦いの後何かが彼女に起こった…?黒い虚に噛み付かれたのは知っているが。それが良くなかったのだろうか。
顎に手を添え、神妙な顔付きで思考を巡らせ始めるゆうりを見て浦原は暫し黙ると大きく溜息を吐き出した。そして椅子から身を乗り出し、彼女の顔を覗き込む。
「この話、辞めにしましょ!」
「え?」
「折角こんな所まで来たのに、仕事の事考えるなんて勿体ないじゃないスか!」
「…そうなんだけど…気になっちゃって。」
「それなら言い方を変えましょうか。」
「え?わっ…!」
突如立ち上がった浦原はゆうりの膝下と背中に腕を差し込み体躯を横抱きにした。足が床を離れ宙へ浮く感覚に声を上げると、彼はベッドへ歩みを向けて真っ白なシーツの上に身体を降ろされる。
起き上がろうとするよりも先に、浦原はゆうりへ跨り両手で彼女の手首をベッドに縫い付けた。見下ろす瞳は、とても深い翠色をしている。
「2人で居る時位ボクの事だけを考えて下さい。」
「き、すけ。」
普段ヘラヘラと緩んだ表情とは違い、真剣な眼差しに思わず息を飲んだ。黒い浴衣から覗く男にしては薄い色をした肌がやけに色っぽく見えて視線を逡巡させる。
浦原の手が頬へ触れた。湯上りだからか、暖かく感じる指先がそっと撫で下ろす。
「…こっち見て下さいよ。」
「だって…なんか恥ずかしい…。」