第8章 現世編(前編)
それから一週間後、2人は1泊2日の旅行へと旅立った。場所はさほど遠くも無く、新幹線で行ける距離だ。思えば駐在任務時はあくまで仕事の為現世に留まっていた事もあり、この様に虚を気にせずゆっくりと過ごすのは、初めてだった。
昼間は宿付近の温泉街で海鮮丼や温泉饅頭等食べ歩き、のんびり観光しながら歩いた。日も落ちた所で宿へ戻り、夕食を終えた後それぞれ宿の温泉へと向かう。室内の大浴場に加え外には露天風呂も有り、遠くに海も見える。
「平日だから、人も多く無くて本当に贅沢…。」
ゆうりは露天風呂に浸かり、湯を囲む岩に両肘をついて街明かりに照らされる海を眺めた。波の音がここまで聞こえて来る。まるで飲み込まれそうな程暗く何処までも続く海の果てを見詰めた。
「…なんか変な感じだな。こんな風に、死神としてじゃなくて普通の人間の様に過ごすなんて。」
この旅行に義魂丸を持ってくる事は許されなかった。息抜きの為に来ているのだから、持って行く必要は無いと言われ四楓院に隠されたのだ。丸一日死神化せず、こうして浦原と時を過ごすのがなんともむず痒い気持になる。
「もし、喜助と結婚したらこんな感じなのかしら。」
藍染を捕らえたら、己が鍛錬する理由も無くなる。何故なら尸魂界に帰る場所が無い為、仕事をする義務も失ってしまったからだ。そうしたら今みたいに、人間の真似事をしながら彼を支えて生きるのだろうか。……駄目だ、多分性にあわない。1度死神になったからには矢張りその仕事を続けたい。出来ることならば、尸魂界へと帰りたい。そんな事を言ったら、彼は悲しむだろうか。
「…こんな事、考えるのはまだ早いか。」
真子達も喜助達も皆まとめて尸魂界に帰れたら良いのに。それが1番の理想。何にも変え難い望み。…叶う事は難しいだろうけれど。
それよりも今は藍染だ。まずあの男をなんとかせねば先は無い。ゆうりは立ち上がり露天風呂を出ると、旅館の浴衣に身を包み髪をしっかり乾かしてから部屋へと戻った。
「おかえりなさーい。いやぁ、地下に作った治癒温泉とはまた違っていいお湯でしたねぇ。」
「うん、景色も最高だったし来て良かったわ。」
部屋はそれなりに広く清潔感のあるホテルで、先に戻っていた浦原は窓際に備えられた椅子に座り風に当たって涼んでいた。ゆうりも、隣に置かれた一人用の椅子へ腰を掛ける。