第8章 現世編(前編)
差し出された手に携帯を預けた。彼は唇に弧を描かせたまま黙々と操作を行う。ただ番号を登録するだけだというのにやけに操作が長い。何を弄っているのかと覗き込めば、平子は携帯を高く持ち上げる。自然と携帯を顔で追うと内側のカメラで2人の姿を画面に収めるなり彼はシャッターを切った。
「んでもってコレを待受けに変えて〜…ほれ、終わりや。」
「いや終わりやじゃなくて…何を人の携帯で勝手な事してるのよ。」
「ええやろちょっと位!虫除けや、虫除け!勝手に変えたらアカンで〜?」
「別に良いけど…真子って本当にマイペースっていうか、自分のペースに巻き込むの上手いよね。」
「それ褒めとるん?貶しとるん?」
「褒めてるよ、それが貴方の魅力の1つだと思うし。」
「他は?」
「頼れるし優しいし、仲間想いで頭も回るでしょ。後、お洒落。」
「…なんやキッパリ言われると照れ臭ァなるな。」
「ふふ、前とは逆ね。」
顔を横に背け指先で頬を搔く彼と共に家を出た。確りと鍵を掛け平子と向かい合う。
「また会えて良かった。それで…あの、また会いたい時連絡してもいい、かな?」
「なーに聞いとんねん!当たり前やボケ!」
「わっ。」
平子は彼女の手首を掴むと力任せに引き寄せた。隻手を背中へ回しまるで子供でもあやすようにポンポンと軽く叩かれ、上目に彼を見上げる。
「オレは元々このままゆうりを連れ帰りたい思うてんねんぞ。けど、オマエは喜助ん所戻る言うからしゃあなしに我慢しとるんや。こない色男捕まえといて、フラフラフラフラしよってほんま罪な女やで。」
「…その通りね。いい加減ハッキリさせないと、とは思ってるわ。」
死神になってから色んな出会いがあった。そろそろ己の感情とも向き合わないとならない。…結果、誰かを傷付けてしまう事になっても。
そっと身体を離し瞼を上げた彼女はふわりと笑った。
「それじゃあね。」
「くだらん事でもえぇから連絡寄越し。」
小さく手を振りゆうりは去っていく。彼女の後ろ姿を見詰め平子は息を吐いた。不安だった。情に厚い彼女がいざ藍染と対峙した時、刀を振るう事が出来るのだろうか。
「…アカン時は無理にでも止めるで。」
どんな手を使っても、後に嫌われたとしても。オマエが死ぬよりずっとえぇ。
そんな想いを抱えながら平子も踵を返すのだった。
*