第8章 現世編(前編)
「自分が死ぬ事より、相手が死ぬ事の方が怖いとはまた難儀な話やなァ。」
「だって私、虚と戦う為に死神になった筈なのに…何でこんな事になっちゃったんだろう…何と戦ってるんだろう…。」
絞り出す様なか細い声に平子は眉を顰め彼女の頭の上へ掌を乗せた。柔らかい銀糸のような髪をそっと撫で、天井を見上げる。
「…ほんま、その通りや思うわ。けどなゆうり、死神は現世と尸魂界での魂を管理するバランサーやで。虚と戦うだけが死神やない。バランスを崩そうと企てる奴ももれなく敵なんや。」
「それは…そう、だけど…。」
「人斬れへんのなら、鍛錬する必要は無い。このままこっちでひっそり過ごせばええ。…けど、ゆうりにそれが出来るん?」
「……出来ない。藍染を、止めたい……。仲間を、護りたい。」
「ほんならそれなりの覚悟持ちや。半端な気持ちでおったら死ぬし、藍染は止まらへん。アイツは簡単に人を殺してくる、そういう男やいう事、これでよう分かったやろ。」
「…うん。」
己の手を汚してでも、何かを護るのか、それとも全てを棄てて見ぬ振りをするのか。後者は選べなかった。もっと強くならなければならない。己に足りない物は肉体的な強さだけではなく、心だ。簡単に揺れず、芯のブレない心を。
「…いつまでも、弱気なままじゃ駄目よね。一度やると自分で決めたんだもの。」
「なんや、吹っ切れたんか。」
「完全に吹っ切れたわけじゃないけど……でも、少しだけ前を向けた気がする。ありがとう、真子。本当、いっつもメンタル面は貴方に助けて貰ってる気がする…」
「頼り甲斐のある男やろ?」
「そうね。昔から、困った時も辛い時も助けてくれるから…ついなんでも話しちゃう。」
「好きな女にそう言われると悪い気せぇへんわ。」
沈んだ空気を払おうとばかりにケラケラと笑う平子にゆうりも釣られて頬を緩める。すっかり蟠りも取れたお陰で些か晴れやかな気持ちになった彼女はベッドから立ち上がり両腕を持ち上げ、大きく伸びをした。
「そろそろ帰るよ。…あ、そうだ。伝令神機が無い代わりに現世の携帯買ったから、こっちで連絡取りましょう。」
「ほーう、ほな貸してや。オレの番号登録したる。」