第8章 現世編(前編)
「…その義骸、喜助のか。」
「うん、普通の義骸じゃこっちに逃げた事バレちゃうから。」
「オレらと同じやんな。これからどないするん?」
「喜助のお店でお世話になるよ。今夜一さんに稽古もつけてもらってるの!」
「ははーん…喜助なァ…?随分仲良うやっとるみたいでオレは安心したわ。」
平子は顎に手を宛てじとりと瞳を細める。
ゆうりが喜助に会いたがってた事はよう知っとる。…知っとるが、それでも腹立つモンやなァ。
「真子達は何してるの?今はこの街に居るの?」
「いや、転々としとるわ。そう大きく移動するわけや無いけどな。今は虚化の保持時間伸ばす訓練しとるで。慣れんと10秒と保たんねん。」
「え?そんな不便なものだったんだ。ひよ里ちゃん普通に戦ってるから自在なのかと思ってたよ。」
「保持出来る時間は人によるし、戦った言うてもほんの少しやろ。実際藍染と戦うことになればそない短い時間で勝つのは無理や。」
「…それはよく分かったわ。あの人本当に強いし下衆だし容赦ない。」
「それでもまだ救いたいって思うん?」
「えぇ。」
「…身内も仲間も殺されたのに許せるんか、あの男を。」
「許してないよ!許してない、けど…」
ゆうりは己の両手を見下ろした。汚れなどひとつも無い筈なのに、赤く染って見えるのは一度人を斬ったからだろう。耳には悲鳴が、手には肉を断つ感触が、鼻には鉄の臭いが、脳には悲惨な光景が…全てこびり付いて離れない。そして多分、一生忘れる事は出来ないのだろう。
両手で己の顔を覆った。そして震える唇で言葉を紡ぐ。
「…私だって、もう死神を殺してる。」
「それは、藍染の仕業やろ。オマエは悪くない、絶対にや。」
「それでも…それでも、無くならないんだよ。殺した事実も、あの日の出来事全部!許す、許さないじゃない…私は、人を斬るのが怖い…人を殺すのが、こんなに苦しいものだなんて知らなかった…。」
四楓院と鍛錬をしたあの日。刀が彼女を貫いたと錯覚したあの瞬間、首を締められたかのように息が出来なくなった。四楓院が避けられない、なんて事は絶対に無いと信じていたからこそ向かって行ったが刺したと思った時は気が気では無かった。そんな自分が、藍染を斬れるか…否、無理だ。彼を止めたいと思っているのに、斬るのが怖い。そんなジレンマに苦渋の色を浮かべる。