第8章 現世編(前編)
ゆうりは今日、空座町では無く1人で隣町へと訪れていた。3年程住み続けていた家の表札には未だに染谷と書かれている。それを左手で静かに撫で顔を俯けた。
「…尸魂界は…白哉はどうしてるかな。」
現世へ逃げて来た際、一つだけ大きな心残りがあった。十番隊への異動が命じられたその日、志波一心が失踪した事を教えてくれた白哉に対し冷たく当たってしまった。彼が悪い訳では無いのに。何も止められず、情報の共有もままならない内に再び藍染が何か仕掛けたのかと怒りに囚われ、何年も世話になった彼へちゃんと礼の言葉も告げられなかった。本当は十番隊での仕事が落ち着いたらしっかり謝罪と共に礼を言いに行きたかったのに。最後に見た彼の顔が忘れられない。
ゆうりは持っていた家の鍵を使い扉を開いた。中は当然閑散としていて、去った頃となんら変わりない。
「相変わらず広いわね。」
靴を脱ぎ、玄関入って直ぐにある掃除用具が収納されたクローゼットから掃除機を引っ張り出しコンセントを刺した。駐在任務を終えてからも定期的に此処へ訪れては掃除を行っていた為今も綺麗では有る。
掃除機をかけて行く内に何となく違和感を覚えた。一つ一つ部屋を回っていたら、元平子が使っていた部屋だけ霊圧の名残を感じる。一度掃除機を止めて床に置いてから、各部屋の扉を開けていく。最後に残った己の部屋の前へ立つと、扉を隔てた先から知った霊圧を感じる。ゆうりはドアノブを回し部屋に入った。
ベッドの上には丸まった男が居る。どうやら眠っているらしい。そのせいか、霊圧も知覚しにくかったのだろう。溜息を深く吐き零し音を立てずベッド横まで歩み寄り、彼の身体を揺すった。
「…ちょっと、何でここに居るの?起きて!」
「…なんや、今日休みやどオレ……。」
「何寝ぼけてるの、真子。」
「……んあ?あー!!ゆうりやんけ!!ようやっと帰って来たんか!」
眠たげに瞼を持ち上げた平子は彼女を認識するなりガバリと身体を起こし、物凄い剣幕でゆうりの両肩を掴んだ。何をそんなに切羽詰まったような顔をしているのか分からずゆうりはやや身を引く。
「な、何?どうしたの…?」
「どうしたもこうしたもあらへんわ!!伝令神機、全く繋がらんし心配したんやぞ!」
「ごめんね。色々あって伝令神機はずっと電源切ってたの。」