第8章 現世編(前編)
「なにこれ、新しい義骸?小さいね。」
「義骸といえば義骸なんスけど、ちょっと試したい事が有りまして、今試作中なんです。これがまた中々上手くいかなくて。ゆうりは、夜一サンと修行してたんでしたっけ?どうです、何か実りは有りそうですか?」
「それなんだけど、お願いがあって…この羽織、1枚貰っても良いかな?」
手に持っていた羽織をおずおずと持ち上げる。何かと思えば、突然の申し出に目を丸め数度ゆっくり瞬きをした浦原はヘラリと笑った。
「勿論、構いませんよ!けれど、急に何故?」
「術を教えて貰ったの!けど、死覇装の上にもう1枚服を着る必要があって…折角なら喜助とお揃いがいいなって思って。」
「そういうことでしたか。お揃いがいいとはまた随分可愛らしい事を言ってくれますねぇ。」
「そう言えば喜助なら羽織1枚位くれるだろうって夜一さんが。」
あっけからんと言い放ちながら早速とばかりに持っていた羽織に袖を通す。彼女の言葉というより四楓院の入れ知恵と知った浦原は露骨にがくりと頭を落とした。ゆうりは更に歩みを進め彼に近付くと顔をそっと寄せる。至近距離で視線が絡むと、浦原は睫毛を瞬かせ彼女を見下ろす。
「…また隈出来てる。ちゃんと寝ないと駄目ですよ。」
「ありゃ、バレちゃいました?今の実験終わったらちゃんと寝るんで大丈夫ですよ。安心して下さい。」
「それなら良いけど……あんまり無理したら、怒るからね。喜助が倒れたりしたら嫌だし。」
「ボクが倒れたら看病してくれます?」
「当たり前でしょう?治った暁には暫く研究させないけどね!」
「ははっ!手厳しいっスねぇ。」
「また倒れたら困るわ。…それと、ずっと言いたい事があったんだけど…。」
「なんスか?」
ゆうりは彼の顔へ片手を伸ばし、頬へ手を触れる。柔らかな指先の感触に浦原はトクリと小さく心臓が跳ねた気がした。平静を装うようにへらりと笑えば彼女は瞳を細める。
「髭伸ばしたのね。昔も素敵だったけど、今も好き。似合ってるわ。」
「…あ、ありがとうこざいます。」
それだけ言い残して彼女は研究室から出ていく。浦原は暫し口を開いた後帽子の鍔を降ろす。余りに躊躇いなくほめるので、言葉が出て来なかった。
「全く…本当に狡い人だ。」
柄に無く熱くなる頬を冷ます様に彼は深く吐息を零すのだった。
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