第8章 現世編(前編)
「空蝉…。」
「この術の肝は、羽織と共に霊圧の名残を刹那的に残す事じゃ。相手に対し実際に物を貫く感覚を持たせる事によってこの術は成立する。つまり、非常に手早い動きが必要になるぞ。」
「なるほど。」
「敵に攻撃を与えたと錯覚した相手は必ず油断をする。その瞬間が好機、躊躇わず後ろから襲え。」
「瞬歩の応用、って事ですね。難しそう…今夜一さんの事、全然目で追えませんでした。」
「当然じゃ、そう易々と着いて来られてはたまらんわ。」
四楓院は脚を降ろしゆうりは浦原の羽織を刀から引き抜いた。この羽織を犠牲にする気で持ってこさせたのだろうが、良かったのだろうか…。
「死覇装1枚ではこの術は使えませんね。私も何か羽織を買わないと。」
「それで良いじゃろ。」
「え?でも喜助のですし…。」
「何言うとる、お主が喜助に欲しいと強請れば迷うこと無くあやつは頷くぞ。揃いになると分かれば尚更な。」
「そうですかね?後で聞いてみます!とりあえず、この羽織直しますね。」
「回帰というやつか。どれ、ワシにも見せてみろ。」
ゆうりは片手に羽織を持ち、隻手の掌を破いた部分へ向ける。淡く白い光が包んだ。切り裂かれてしまった布が、まるで時間を遡るように少しずつ塞がっている。確かに、回道とは全く違うように見えた。四楓院は感嘆の声を上げ、穴が完全になくなった所で光も消える。
「よし、少しはこれも慣れてきたみたい。」
「ほう…これはまた、便利な術じゃな。本当に無機物まで直してみせるとは。」
「難しくて、まともに使えるようになるまで結構時間掛かったんですよ。」
少し得意気に鼻を鳴らすと、四楓院は彼女の頭を軽く撫でた。
それから暫く地下で四楓院と白打の鍛錬をしてから地上へと戻る。既に店は閉店していて、やけに愛らしいピンクのエプロンを着ている握菱が台所で夕飯の支度をしており、浦原の姿は見当たらない。こういう時は大概、彼は研究室に篭って何かをしている。先にシャワーへと向かった四楓院と別れ、ゆうりは義骸を着てから浦原の研究室へ入った。
「喜助、居る?」
「ハーイ、奥に居ますよん!」
元気な声が聞こえて来た。床の至る所へ配られた謎の配線を踏まぬように避けながら部屋の奥へと進む。大きな機械からひょっこり顔を覗かせると、彼は新たな義骸に見えるものを組み立ていた。