第8章 現世編(前編)
「わっはっは!忘れておったわ!今服を着て来るから待っておれ。」
「そ、その姿で商店に上がる気ですか!?私が持って来ますから!」
「そうか?では頼んだぞ。ついでに、喜助の着ている羽織も持って来てくれ。」
「…?分かりました。」
最悪客と鉢合わせしかねない。そんな事になったら大変だ。梯子を登ろうとする彼女を慌てて止めたゆうりは、代わりに商店へ上がって浦原から四楓院の服を受け取り地下へと戻る。それを受け取った彼女は些か面倒くさそうではあるが服に袖を通した。
「人間の姿は面倒じゃのう…女同士なのだから良いではないか。」
「良くありません!気になりますよ。」
衣服に身を包んだ四楓院はその上に普段浦原が着ている黒っぽい羽織を上から羽織った。準備を整えた彼女は唇にニンマリと弧を描かせ腕を組む。
「よし、では始めるか。ゆうり、斬魄刀を抜け。」
「斬魄刀を?歩法の訓練ですよね?」
「見せた方が早い。始解はせずとも良い、本気で斬るつもりで来るのじゃ。勿論瞬歩を使っても構わんぞ!」
「…分かりました。よろしくお願いします!」
腰に差した斬魄刀をスラリと抜く。鈍色に光る刀を両手で構え、じり…と砂利を踏み締め距離を測る。静かに見詰め合う中、充分に気を落ち着けたゆうりは力強く地を蹴り瞬歩で四楓院との距離を詰める。
「はッ!!」
「ぐ……!」
一瞬の出来事だった。ゆうりの突き出した刃は四楓院の横脇腹を捉え貫く。背中側から飛び出る鋒から赤黒い血がポタリと滴り地面を汚す。
ゆうりは一気に血の気が引いていくのを感じる。まさか、避け無かったのか…?己の刃が彼女に届くと思ってもいなかった。
「え……夜、一さ…!」
「何処を見ている?ワシはここじゃ。」
震える声を上げた刹那、後ろから何かが顔の横を通り過ぎ、ゆうりの長い髪がはらりと揺れる。視線を横へ向けると、先程貫いたと思っていた彼女の脚だった。正面を見直せば斬魄刀が浦原の羽織を貫きぶら下がっているだけで、四楓院の姿は無い。
回り込まれたのだ。腹を刺したと幻覚を見せるほど、目にも止まらぬ速さで。
「確かに、刺した感覚があったのに…。」
「素早く着物を脱ぎ身代わりにしつつ、敵を捉えたと錯覚する程一瞬で移動する…これを、隠密歩法"四楓"の参『空蝉』という。」