第8章 現世編(前編)
ゆうりは小さく頷いた。彼の問い掛けに関する答えはもう決まっていた。一度視線を落とし、深く呼吸をする。気持ちを落ち着けてから顔を上げ、唇を開く。
「まだお返事出来ません!」
「……へ?」
「喜助と結婚して、一緒に浦原商店でのんびり過ごすのも凄く良いなって思う。でも私、今は誰かと結婚してのんびりするよりもっと強くなりたいし、何より藍染の目論見を止めたい。これ以上私の大切な人たちを、殺されたくない。だから私決めたの。藍染を止めるまでは誰にも返事は返さないって。」
「……誰にも?」
「…あ。」
片手を口に宛てる。つい言葉が出過ぎた。これでは暗に他の男からも告白を受けていると言っているようなものだ。それとなく視線を外していくゆうりに浦原は笑う。
「ははっ、いや…そんな気まずそうな顔しなくてもアナタが人から好かれるのは知ってましたし、別に怒ったり妬いたりしませんよ。寧ろそこまで周りから愛されているのならボクは鼻が高い。」
「え、どうして…?」
「ボクが好きになった女性は、それだけ色んな人から好かれる素敵な人だったって事ですから。」
彼の言葉にゆうりは唇を引き結んだ。そういう事を笑顔でサラリと言える所が大人というかなんというか。もっとも、腹の中ではどう考えてるかなど分かりはしないが。
「…喜助は私に甘いね。」
「惚れた弱みってヤツですよん。それに、前も言いましたが藍染達の目論見を止めるっていうのも同意ですから。あの人に好き勝手されちゃあ、結婚した所で平穏なんて有り得ない。尸魂界は勿論…現世もね。」
「彼が尸魂界だけではなく虚達も従えるつもりでいるのなら、そうでしょうね…。一体いつから、何で裏切りを選んだんだろう。あんなに強くて誰からも慕われているのに、表向きは。」
「さぁ、あの人の考えはいくら考えたところで分かりませんし、知った所で無駄ですよ。簡単に意思が変わるというのなら初めからあんな残酷な研究はしない。」
「…そうね。」
危うく平子たちは虚として処分される可能性もあったのだ。残酷な実験というのも頷ける。少し落ち込んでしまったように見えるゆうりに浦原は、己の被っていた帽子を取ると彼女へポンと被せた。