第8章 現世編(前編)
頬を擦るとふわふわとした毛並みが気持ちいい。はっ、と現世に来た時の事を思い出した。そういえば祭りに来た日、やけに毛並みのいい猫を見た気がする。
「夜一さん、私1度現世で会ったこと有りますか?」
「よう覚えとるな。確かに会ったぞ。あの日喜助にゆうりと会ったことを話したらこの男、嫌われたかもしれん、会う資格なんて無いだのとウジウジウジウジ言うて見てられんかったわ。まぁ、ピアスが耳に残っていた事を教えたらすっ飛んで行ったがの。」
「ちょ、ちょっと夜一サン!余計な事言わないで下さいよ!」
「本当の事じゃろうて。」
浦原は以前の己を思い出すなり苦虫を噛み潰したような表情と共に頬を俄に朱に染めた。カッコ悪い所など彼女にひとつも知られたくなかったというのに、この人は…!
「宜しいですかな!!!」
「うわぁ!!近い!!」
以前と変わらない四楓院と浦原を微笑ましく見ていると、視界を浅黒い肌をした男が埋めた。飛び上がる程驚き悲鳴を上げれば男…握菱は表情を変えずゆうりの手を両手に取った。
「握菱鉄裁と申します。以前は鬼道長をしておりました。以後、宜しくお願いします。」
「鬼道長…!?凄い…私は染谷ゆうりです。以前喜助さん、夜一さんにはお世話になりました。今は……ただの死神です。宜しくお願いします、握菱さん。」
十番隊三席、と喉まで出かかった所で言葉を飲み込んだ。今は瀞霊廷にとって自分はただの裏切り者であり、肩書きもない。
少しばかり落ち込んだ様に見えるゆうりに浦原は眉を寄せて、白と緑のシマシマ帽子を外しちゃぶ台へ置いた。
「……さて、そろそろ大事な御話、しましょうか。」
「…はい。」
「まず、ワシらの事から話そう。」
「いえ、それよりもっと大切な事です、夜一サン。」
「は…?」
四楓院を止めた浦原は真剣な眼差しでゆうりの瞳を見詰めた。いつになく真面目な表情にゆうりと四楓院は息を飲む。
「あたしとここで一緒に暮らしましょ!」
「へ…?」
「刀傷負ってこっちに来たって事は向こうで何かあったんでしょう。あたしも夜一サンもテッサイも同じです。今度こそ、ボクにゆうりサンを護らせて下さい。」
ヘラヘラと笑ったかと思えば少しずつ尻すぼみしていく声にゆうりは目を丸め短く吹き出した。