第8章 現世編(前編)
彼女の瞳に生が灯った。暗く閉ざされた部屋に一筋の細い光が差し込んだような感覚だった。
彼らを殺してしまったのも、逃げる道を選んでしまったのも藍染の言う通り、弱い自分のせいでもある。だからこそこれ以上逃げ続けることは許されない。
「いつもありがとう、胡蝶蘭。」
『どういたしまして。それじゃあ、行ってらっしゃい。』
胡蝶蘭に見送られ、ゆうりはゆっくりと瞼を持ち上げる。まず視界に映るのは見たことの無い天井。腹の痛みは無かった。上体を起こすとすぐ様何かが飛び付いてきた。
「わぁっ…!」
「ゆうりサン!身体はどうですか!?痛い所は無いっスか!?」
「きっ…喜助さん…?大丈夫です、治療して頂いて本当にありがとうございました。…会いたかったです、凄く。」
浦原の腕が背中に回されキツく抱き締められる。懐かしい匂い、懐かしい温もり。ずっと探し続けていたものだった。この人を探して死神になり、歩み続けてきた筈だったのにいつから己の目的は違ってしまったのだろう。本来なら、この人に会えれば全部終わったのに。
「尸魂界に残して来てしまってスミマセン、帰って来るって約束したのに、守れなかった。謝って許されるなんて思ってません。だけど、今日までゆうりサンを忘れた事は1日も無い。」
「謝らないで下さい。夜一さんも、喜助さんも何故戻れなくなってしまったのかは、真子達に聞いてます。生きていてくれて本当に良かった…。」
おずおずと両手を持ち上げ抱きしめ返した途端、じんわりと眦に涙が浮かんだ。
「喜助さんに話したい事、聞きたい事、沢山あるんです。聞いてくれますか?」
「勿論。ボクに全部聞かせて下さ……へぶ!!」
突如浦原の頭が仰け反った。何事かと身体を離せば布団の横に毛艶の良い黒猫がちょこんと座っている。どうやらこの猫…四楓院が浦原に蹴りを入れたらしい。
「いつまで2人で話しとるんじゃ!ワシらにも時間を寄越さんか!」
「痛いですよ夜一サン…。」
「夜一さん!?」
「左様。久々じゃのうゆうり。」
「白哉が夜一さんのことを化け猫って言ってるの、ずっと気になってたんですけどこういう事だったんですね。お久しぶりです夜一さん。」
ゆうりは四楓院を持ち上げ優しく抱いた。見た目はまさしく猫そのものだ。一体何故猫になれるのかは分からない。