第7章 死神編【後編】
「…何言ってるの?」
「何故貴様は、昔から私の心をこうも乱すのか…。」
「…そんな目、しないでよ。」
灰色の瞳がどこか優しく、まるで愛おしいものでも見るかのような眼差しにゆうりは思わず顔を背けた。その目は私が見ていいものでは無い。その瞳は、かつて彼の妻だった人のものだ。
しかし白哉も引かなかった。嫉妬心を知った時、己の抱く感情が友愛から外れたものだと嫌でも気付かされる。細く銀糸の様な細い髪、滑らかな柔い肌、折れそうな程華奢な細腕。凛としているかと思えば不意に見せる弱々しい様はどうしようもなく心を揺さぶった。
「顔を背けるな。」
「だ、だって白哉が…!」
「私が何だ。」
「う……。」
言い返そうと顔を正面へ戻すと再び視軸が絡み、呼気が触れそうなまでに迫る端正な顔立ちに言葉を飲み飲む。元々綺麗な顔立ちをしているとは思っていたが、いざ目の前に迫ると心臓が高鳴る。それを知ってか知らずか、白哉はゆうりの頬へ添えていた手を顎先へ滑らせ固定させた。慌てて彼の口を塞ごうと持ち上げた片手は、あっさりと隻手に手首を掴まれ机へ押し付けられる。
「白哉…!」
「目を閉じろ。」
「っ………ん。」
逃げ切れぬ事を悟るとキュッと瞼を降ろす。程なくして唇が重なった。直ぐに離れたそれは角度を変えて啄むように触れ合う。顎先を捕らえていた手が頬から後頭部へ移動し、細い髪が指先に絡む。彼の親指が耳介を擦れば思わず小さく肩が跳ねた。
「っは……。」
「もう…!いきなり、こんな事…!」
漸く唇が離れるとゆうりは眉を下げ、うっすら瞳を濡らした。嫌だった訳では無いが、かつて妻がいたこの男に口付けられるとは思わなかったのだ。白哉は数秒押し黙った後、ゆっくりと唇を開き後頭部へ回していた手で彼女の頭を抱き寄せる。
「…元より、私がわざわざ流魂街へ足を運んでいたのはお前に会う為だった。」
「え…。」
「ゆうりが我が屋敷に来なくなってからというもの、どうしても顔が見たくなったのだ。」
「そんな…初めて聞いたよ…。」
「その過程で緋真に出会った。勿論、妻が生きていた頃は緋真を愛していた。その事に嘘偽りは無い。だが……妻が亡くなった今、己の気持ちに蓋をする事が難しくて適わぬ。」
「白哉…。」