第7章 死神編【後編】
海燕が空気中の水分を凝縮させ針を形成し始めたその時。蹲っていたゆうりがふらりと立ち上がった。ブツブツと何かを呟いていたがその言葉はルキアの耳にも届かない。ただ、虚ろな瞳で涙を流す姿はとても異様であり、徐々に高まる霊圧に恐怖すら感じた。
「ゆうり…?」
「おい、お前ら退いてろ!!」
「……ー合せよ……ーせよ……に満ち己の無力を知れ」
「ッ……朽木!」
「え……きゃっ…!!」
海燕は詠唱の内容に目を見張り瞬歩でルキアの傍へ移動するなり彼女を担ぎ少しばかり距離を取る。詠唱を終えるとゆうりはスっと右手を上げた。
「……ー破道の九十。"黒棺"。」
ドンッ、とドス黒く四角い箱のようなものが現れ無数に居た筈の虚を全て閉じ込めた。劈くような悲鳴が次第に薄れ、聞こえなくなった頃にパラパラと上から崩れ去って行く。虚の姿は跡形も無い。初めて目にする九十番台の破道にルキアは息を飲んだ。
「嘘だろ……。」
「あれが…ゆうりの破道……。」
彼女はふらつく足取りで母の元へ向かった。夥しい血が地面を濡らす。ゆうりは膝から崩れ落ちる様に地に足をついた。身体はまだ仄かに暖かい。折角会えたのに、和解の機会すら得られぬまま失ってしまった。自然と頬を涙が伝う。
「……回帰能力が、ちゃんと使えるようになってれば、まだ救えたかもしれなかったのに…ごめんなさい…。」
「…ゆうり、彼女はその……ゆうりの母上だったのか…?」
「そうだよ。あんな事言われても、嫌われてても、叩かれても、お腹を痛めて産んでくれたたった一人の母親だったの。ちゃんと向き合いたかった…。」
「…埋めてやれよ。喰われてねェなら、生まれ変わる事が出来る。このままにはしておけねーだろ。」
「……えぇ。」
死んだ魂魄は空気中を漂う霊子となり、やがて新しい生命としてまた現世へと産まれる。ゆうりは死覇装の袖で涙を拭い、彼女の遺体を担いで集落から離れた丘へと運んだ。ルキアと海燕の協力を得て素手で地面を掘り、遺体をその中へそっと沈める。まさか、死んだ後に親が死ぬ姿を見る羽目になるなど想像すらしていなかった。