第2章 過去編
「ゆうりサンは今でも充分魅力的ですよ。夜一サン程ガサツにはならないで下さい。」
誰にも渡したくないんです。
言葉には出さず飲み込んだ代わりに浦原は彼女の頭をこれでもかというくらい撫でた。これから成長を重ねる姿を見るのが楽しみな反面、不安だ。きっと、素直で毒の無い彼女は色んな人を魅了するだろう。それでもゆうりサンが最終的にボクの元へ戻って来るように。なんて、ね。
「さて、仕事しますか。」
「はい!お手伝いしますよ、浦原さん。」
「心強いっスね〜。」
そんな話をしながらそれぞれ別室で身支度を整えた2人は部屋を出て隊首室へと足を運んだ。
「おはようございます、ひよ里ちゃん、涅さん、阿近!」
「おはよっス。」
「遅いわッ!いつまで寝とんねん!!」
「痛い!」
扉を開くなり待ってましたと言わんばかりに猿柿が飛び出し片足が浦原の顔面へとめり込んだ。ゆうりは隣に居たはずの浦原が突然吹っ飛んだ事に驚く。
「相変わらずひよ里ちゃんのキックは凄いね。」
「当たり前や、ウチがシバかな誰が喜助の尻叩くねん。」
猿柿は腕を組みフンと鼻を鳴らす。吹っ飛ばされた浦原は身体を起こし鼻血を袖で拭う。
阿近はいつもの光景に何も言わず黙々と自分の仕事をこなし、涅に至ってはろくに視界にすら入っていなかった。
「酷いなぁ、仕事はちゃんとしてますよん。」
「書類以外やろ!!」
がなる猿柿に引きずられ浦原は隊首室の奥へと消えて行った。ゆうりはそんな2人にはついて行かず、阿近の元へと駆け寄る。彼は相変わらず何かの調合をしながらも、うつらうつらと船を漕いでいた。
「阿近ちゃんと寝てる?」
「ん……あぁ。」
「……嘘。」
「うおっ。」
阿近は徐にがしっ、と頭を掴まれ無理矢理顔を横に回転させられる。掴んだのも無理矢理顔を合わせてきたのも、ゆうりだった。翡翠色の瞳と視軸が絡む。阿近は柄にも無く、瞳に吸い込まれるような感覚を覚えた。
「目の下クマできてる。ちゃんと寝ないと!」
「別に平気だよ、仮眠は取った。」
「駄目!休息も大事だよ。」
「五月蝿いヨ。何を騒いでいるのかネ。」
猿柿が居なくなり静かになるはずだった室内は相変わらず賑やかで、ずっと試験官へ視線が向けられていた涅の顔がうんざりした表情で振り返った。