第12章 二人の距離 前編
あれから幸の話を聞いて、呉服屋から城までをどうやって帰ったのかは覚えていない。ただ、抑えられないくらいの吐き気を催し、倒れるように褥に寝付いた。
そして次の日、信長様が帰城されると言われたけど、起き上がることはできず、体調不良を理由にお迎えには行かなかった。
信長様に会って聞きたいことは沢山ある。でも、怖い。どうすればいいのかを分からないでいると、私を追い詰めるように、自室の襖が勢いよく開いた
「アヤ」
聞き慣れた、愛しい人の声が聞こえる。少し前までは、あんなにも恋ごがれ、待ちわびた人の声なのに、今は振り向くこともできない
「体調が優れぬと聞いたが、何故ここで寝ておる」
足音とともに声が近づいて、信長様の手が優しく私の髪を撫でた
「顕如は、どうなったんですか」
振り向く事ができないまま、信長様に尋ねる
「彼奴は逃げ、寺の者共は焼き討ちとなった」
普通の事のように信長様は言った
「っ、焼き討ちって、皆殺しにしたんですか?」
思わず身体を起こして信長様を見る
「そうだ、逆賊である奴を匿い、この俺に楯突いた罪は重い。当然だ」
冷たい目が淡々と事の真相を語る
「当然って、いっ、一向一揆でも、子供や女の人でも容赦なく納屋に押し込め火を放ったと聞きました。それは本当ですか」
身体が震えて止まらない。目の前にいる愛しい人の手は沢山の人を殺してきた手。どうして今まで気づかなかったんだろう。この人は、歴史にも名高い冷血で大量殺戮をしたあの織田信長だ。何でそんな事を忘れてたんだろう
「何が言いたい。貴様の甘っちょろい考えなど聞いておらぬ」
信長様は、怪訝そうに私を見ながらも、私の顎を持ち上げて口づけようとする
「んっ、やめっ、やっ、触らないで」
「どうした。戦話で気持ちが高ぶったか」
ただの不機嫌だと思っているのか信長様の手は止まらない
「ちがっ、」
褥に押し付けられるように、着物の袷に手が入ってくる
「やっ、んっ、信長様っ、いやだ」
いつもの唇、手なのに受け入れられない。大好きなのに、怖い
「戦の話など忘れて、ただその身を委ねていろ」
「やめっ.....あっ」
抵抗したくても、信長様に知り尽くされた身体は抵抗する術を知らず、まるで初めて信長様に抱かれた日のように、私はただ事が終わるのを人形のようにじっと待つしかなかった