第70章 あの頃の気持ち
「それだけじゃない。お前と信長様は、夫婦円満の象徴の様に人々から思われてる。お前と信長様が入った温泉は縁結びの湯として人が殺到するし、団子を共に食べた店は子宝団子として次の日には完売だ。これはお前だって聞いてるだろ?」
「う…ん」
私たちが行く所は全てパワースポットの様になってるって話は聞いている。それはあのエロ襦袢も同じで、照れるけど嬉しいですねって、信長様と話した事もある。
「だが、時にこれが悪用されることもある」
「どう言うこと?」
「商売が繁盛するのも、過疎の地に人々が集まり活気が出るのも良い影響だ。だが、それを逆手に取った偽物がここ最近出回り始めてる」
「偽物…?」
「例えばこれ…」
政宗は袂から一枚の布キレを取り出して見せた。
「これは?」
「これは”アヤ織物”って名前で、お前が作らせた反物として市場に出回ってた」
「えっ?私…こんな反物手がけた事ないよ?」
私の趣味じゃないし、それに、見るからに質が悪い。
「分かってる。信長様は見てすぐにお前の手の物じゃないと見破って取り締まった。そして取り締まったのはこれだけじゃない。お前が仕立てた着物だとか、赤子用のおくるみとか、とにかくそこらじゅうにお前の名を使った偽商品が出回っていて、その対応に追われてる。何せ、お前が作ったとか使ったってだけで飛ぶ様に売れる。お前はそれだけ価値があるんだ」
価値があるとか、偽の商品とか…
「……でもそんな事、私今まで一度も…」
「聞いた事ないだろ?お前に余計な負担をかけない様に信長様が徹底的に握りつぶしてるからな。お前の耳には良い噂しか入らない」
「……っ、でも、じゃあ昨日のは?あの人は物でも場所でもない。私に似て同じ名前だからって、普通会いに行く?」
いや、百歩譲って興味本位で見に行くのは許せる。私だって同じことをした訳だし…でも、会いに行ってあんな…
どうしても昨日のあの場面が頭から離れなくて、モヤモヤして、優しい気持ちになれない。