第70章 あの頃の気持ち
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朝が来た。
昨夜、吉法師の布団で一緒に眠った私は、目覚めてすぐに隣の夫婦の寝室を覗いて見たけど信長様が戻られた感じはなかった。
鏡を見れば昨夜泣いた目が腫れてる。
体も何だか怠い。
信長様と言う支えを失ってしまっただけで、私の一日の始まりはこんなにも崩れてしまう。
「だぁーー、」
「吉法師おはよう。昨日はごめんね」
母に休みはない。仕事だって休めば迷惑がかかる。
でも、
「信長様…どこに行ったんだろう?」
出て行くことはあっても、追い出したことはなかったから…
「アヤ起きてるか?政宗だ」
項垂れていると、外から政宗の声。
「政宗?」
こんな朝早くから政宗が天主に来る理由は一つ、信長様の事しかない。
「ちょっと待ってね」
急いで身支度を整えて私は襖を開けた。
「ごめんお待たせ」
「いや、気にするな。…にしても酷い顔だな。寝てないだろ?」
「うん…」
「ちょっと話せるか?」
政宗は親指で部屋の外をクイっと示した。
信長様のいない時に天主で私と二人きりになるのは特別な許可がない限り許されない。(男性に限る)
「うん」
吉法師を抱っこして、私は政宗について厨に向かった。
「ほら食え。お前はこっち、吉法師はこっちだ」
厨のイスに腰を掛けると、政宗は私におにぎりを、吉法師にはたまご粥を出してくれた。
「ありがとう」
既に人肌に冷まされた粥に政宗の優しさが伝わって来る。
そして、がじっとおにぎりをかじると、自然と涙が溢れた。
「………っ」
「貸せ、俺が食べさせてやる」
私の手から匙を取ると、政宗は口を開けて待つ吉法師の口にお粥を運んだ。
「アヤ、お前は今この安土で、いや日ノ本で一番価値のある女なんだって事、気付いてるか?」
「え?」
突然のあり得ない持ち上げ…?に耳を疑った。
だって私にはそんな大層な価値はない。
声には出さず、私はそのまま首を横に振った。