第70章 あの頃の気持ち
「アヤ」
信長様が呆れた顔で私の手首を掴んだ。
「嫌っ、触らないでっ!嫌いっ!」
それを振り払い、私は信長様の胸を押した。
「貴様、その態度は何だ?」
眉間の皺はさらに深く刻まれた。
怖いけど、私にだって意地がある。
「……っ、出て行きますっ!」
こんな気持ちで信長様と一緒にはいられない。
「またそれか、今度はどこへ行くつもりだ。針子部屋も、かるちゃーすくーるの部屋も、シンの部屋も没収だ。貴様の行く所などないっ!」
「...........っ、イジワルっ!」
帰る故郷も何もないって知ってるくせに…!
「今謝るなら、許してやる」
「はぁっ!?どうして私が謝るんですかっ?」
何でこんな時まで堂々と許しを請えとか言ってくるわけっ?浮気をしたのは信長様なのに…!(←もう決めつけてる)
そうよ、信長様が悪いんだから、
「じ、じゃあ、信長様が出てって下さい!」
「はっ?」
「私には行く所がありませんし、吉法師を置いていくわけには行きません。だから、信長様が出てって下さい」
「ここは俺の城だ!」
「暴君っ!普段は俺たちのって言うくせに、こんな時だけ俺のって、卑怯です。信長様なんて大嫌いっ!今すぐ出てって下さいっ!」
「おいっ、アヤっ待てっ!」
ぐいぐいと信長様の背中を押して部屋から追い出すと、勢いよく襖を閉めた。
「ふえっ、ふえっ、ふええーーーん」
大きな音に驚いたのか、それとも私たちの争う声なのか、隣の部屋で寝ていた吉法師が目を覚まして泣き出した。
「あ、私…」
その泣き声で急激に頭が冷えて冷静さを取り戻して行く。
「吉法師、起こしてごめんね」
睡眠を邪魔され泣いている吉法師を抱き上げてあやした。
(喧嘩しちゃった…しかも吉法師が寝てる部屋の隣で…)
言い争う声なんて、聞かせたくなかったのに…
「うう、ごめんね。こんな母でごめんねーうぅ…」
本当にやっちゃった!言っちゃった!
何があっても信長様を信じ抜くって思ってたのに…!
全然それが出来なかった…
「ごめんね…うわぁぁん……」
何もかもが悲しくなって、私は吉法師と一緒に声を上げて泣いた。