第70章 あの頃の気持ち
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「アヤ、戻った」
その日、夜遅くに信長様は戻って来た。
「信長様、おかえりなさい」
ちゃんと戻って来てくれたことにホッと胸を撫で下ろして、私は信長様の羽織を手に取り衣桁に掛けた。
「アヤ」
後ろから信長様が抱きしめて来た。
「信長様…」
その腕に頬を寄せれば、艶やかな香の香りが袖先から香って来て、先程の遊女との場面が思い出され、咄嗟にその腕を振り解いてしまった。
「嫌っ!」
「アヤ?」
怪訝そうな顔…、私が拒むなんて思ってないんだ?
「機嫌が悪いな…何かあったか?」
しれっとそう聞いてくる信長様に、今日の事を隠されている様に思えて心が波立った。
「何かあったのは…信長様の方じゃないですか?」
自分の誓いは簡単に嫉妬という感情で破られた。
「どういう意味だ?」
信長様の眉間に皺が刻まれる。今やめなければ本気で怒らせてしまう。
「今日は、どこに行ってらしたんですか?」
でももう止められない!
「そうやって聞く貴様が一番分かっておるのだろう?俺がどこにいたのかを…」
「っ…… !」
開き直るつもりなんだと思い、思いっきり信長様を睨みつけた。
「ふっ、いい目だ。出会った頃の貴様もそうやって俺の事をよく睨んでおった」
余裕な笑みを浮かべる態度に、私の心はどんどん醜い嫉妬で染まっていく。
「どうして、…どうして私に似た遊女と会ったんですか?」
私に飽きたから?出会った頃の様な興味が無くなったから?
「仕事…だったんですよね?」
お願い、そうだと言って!
「いや、仕事ではない。ただの興味本位だ」
「えっ?」
「貴様に似た同じ名を持つという女に興をひかれて会いに行った」
願いは、虚しくも砕け散る。
「……っ、その人と……」
(情を交わしたの?)
聞くのが怖くて、言葉にはできない。