第9章 爪痕
「これは、痛い?」
家康が足首を少し捻る。
「っ、うんっ、痛い」
「じゃあこれは?」
「あっ、それは大丈夫」
「うーん。骨に以上は無いみたいだから、捻挫だね。この軟膏塗って足を布で固定して、暫くは安静にしてなよ。あと、湯浴みも短めにね」
はぁ、と溜め息を吐きながら家康は言った。
「うん。ありがとう。ごめんね、忙しい中診てもらって」
申し訳なく家康に謝る。
「別にいいけど、あんた頑張り過ぎ。ちょっと肩の力抜いたら?」
家康があきれたように言う。
「えっ?」
「信長様について行く覚悟、まだないんでしょ?」
家康らしい、淡々とした物言いだけど核心を突いて来た。
「っ、何でそう思うの?」
「あんた、思ってる事全部顔に出てるから。気づいてないのはあんたと三成位だよ」
(そうなの?そんなに顔に出てる?)
戸惑いながらも、家康に答えるように私は話し始めた。
「全ての事がいきなりすぎて、頭の整理が追いつかなくて。信長様の事を好きだと気づいたのもまだ最近で、でも、毎日凄い勢いで好きになってて、それを、自分の中の何かが止めようとしてるみたいで...上手く言えないんだけど、ただ今は、そばにいたいの」
家康の翡翠色の眼が真っ直ぐに私を見る。
「それでいいんじゃないの。あんた、考えるより行動する方が向いてそうだし。それに、付き合いの長い俺だって、あの人の考えにはたまについていけないしね」
少し笑いながら言う。
「ふふっ、家康でもそんなふうに思うことあるんだ。いつも涼しそうな顔してるのに」
何気ない家康の本音が聞けて笑ってしまった。
「そうやって、あんたは能天気にふにゃふにゃ笑ってる方がいいよ」
家康なりの優しさが心に沁みる。
「家康、ありがとう」
「ただ、怪我するのはこれが最後にしてよね。あの人、あんたが怪我すると尋常じゃなくなるから」
しっかりと、くぎはさされた。
「っ、気をつけます」
足の治療だけでなく、心も治療してくれて、家康は部屋を出て行った。