第70章 あの頃の気持ち
「既製品だけじゃなく注文も入ったとなると、益々頑張らないとだね」
腕捲りをして頑張りをアピール。
針仕事はもちろん好きだけど、デザインができる事が何よりも嬉しい私は、お店がオープンしてひと月となる今は、もっと頑張りたい気持ちが溢れていた。
「それも良いけど、アヤちょっと働きすぎじゃない?」
やる気を見せたはずなのに、針子仲間からは思いがけない労わりの言葉が返ってきた。
「働きすぎじゃないよ?皆んなで考えて仕立てた襦袢が売れていくのは楽しいし、売り切れと聞いて肩を落として帰っていくお客様の姿を見るのは忍びないもの。できれば足を運んでくれたお客様全員に買って頂きたいから、休憩してる暇はないよ」
「でも、吉法師様のお世話もほとんどアヤがしてるって聞いてるし、お城のことだって…その内倒れちゃうよ?」
心配してくれてるのはありがたいけど…
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。最近は吉法師も落ち着いて来たし、侍女にお願いする事も増えて来たんだよ?」
「そう?…なら良いんだけど…でも信長様は…大丈夫?」
「信長様?…えっと…大丈夫だと思うけど…」
確かに最近はお互い忙しくて夜を過ごせる事も減っているけど…
「子育てと仕事を両立させるには多少仕方ないじゃない?信長様は分かってくださってると思うよ」
何より、このお店のことを信長様は応援してくれてるし。
「本当に大丈夫ー?隙あらばと狙ってる女子は多いんだからね?浮気されても知らないよ?」
「うっ、それは…気をつけます」
浮気は…本当にされたくない。
でも恋仲だった時や吉法師を産む前とは違う。
いつまでも二人きりの世界と言うわけにはいかない。
「さ、注文書見せてくれる?早く仕上げないとね」
夫婦の時間が多少減ってしまってもそれは仕方のない事。寂しいけど、それも乗り越えるのが夫婦なのだと、その時の私は思っていた。