第9章 爪痕
「光秀さん」
「お前の事だ。飲めた方が良いのではとか考えていたのではないか?」
(私の考えてること、何で分かるの?)
「お前の考えている事くらい分かる。信長様の飲まれているお酒は辛口だが、これなら甘口で飲みやすいぞ」
そう言って、光秀さんは持って来てくれたお酒を少し、私の盃に注いでくれた。
「飲んでみろ」
「う...ん」
ペロリとしてみると、
「あっ、甘い」
そのままこくりと飲み干してしまった。
「飲めるだろう?これならお前でもいけると思ってな」
光秀さんがさらに勧めてくる。
「ありがとう、光秀さん。じゃあもう少しだけ」
光秀さんが愉快そうに笑っていることにも気づかず、私は結局勧められるがまま、四杯も飲んでしまった。
信長様が秀吉さんと戻ってきた時にはすっかり酔いが回って、信長様の脇息に寄りかかる様にふわふわとしていた。
「アヤ?」
秀吉さんが声をかける。
「ひれ吉さん?」
酔いと眠気で呂律も回らない。
「あっ、お前お酒をっ!」
私の手に握られた空の盃を見て秀吉さんが叫ぶ。
「あっ、れもこれ、あまいおさけらから、私れも飲めるって、みつひれさんが」
「光秀お前」
秀吉さんが光秀さんを睨む。
「良い飲みっぷりだったぞ、アヤ」
さも可笑しげに光秀さんは笑っている。
「お前、アヤが飲めないこと知ってて飲ませたのか」
秀吉さんが光秀さんに掴みかかる。
「秀吉そこまでだ。光秀、あまりアヤで遊ぶでない。アヤ、もう部屋に戻るぞ」
信長様が二人を制し、ため息混じりに私を抱き抱えようとした。
「らいりょうぶれす。じぶんれあるけます。のぶらかさまは、まらここにいてくらはい。おきゃくらまかいらっはいます」
私はそう言って、信長様の手を振りほどいて自分で立ち上がり、出口に向かって歩き出した。
酔っ払っていた割には、その時の私はしっかりとした足取りだったらしく、客人をもてなしている途中という事もあり、これならお部屋に戻れるだろうと、信長様も秀吉さんも、私を一人で広間から歩いて帰らせた。