第60章 花屋夫人
その後、こっそりとお城へ戻り、信包さんとの昼の会食に同席させて貰った。
その席で、信包さんが何度も御母上様に会って欲しいとお願いをしたけど、その件に関しては、信長様は決して首を縦には振らなかった。
会食の後は、信包さんと戦の事で話があるからと、皆はそのまま広間で軍議を始め、私は針子仕事へと戻った。
仕事は全然捗らない。
どんな時でも針仕事をしていれば、他の事を忘れられるのに、今日はそれが出来ない。
御母上様達は、明日には伊勢国へと戻られるそう。
御母上様の心を聞いてしまったから、どうしても信長様に会ってほしいと私は思い始めていて.....
とうすれば、お二人を会わせる事ができるか、そればかりを考えていた。
そして夕餉の時間となり、天主に二人分のお膳が運ばれてきた。
お膳を挟んで向かい合わせに座り箸を取る。
食事の間に言わなければ、また明日の朝になってしまう。
こうやって黙り込むのも良くない。何かあったのだと勘繰られてしまう。
でも、どうしよう.....
「アヤ」
沈黙を破る様に信長様が口を開いた。
「は、はいっ」
「明日は少し時間を取れそうだ。久しぶりに、城下でぇとでも行くか?」
「えっ?城下デート?」
思ってもいなかった言葉が飛び出して、理解するのに数秒かかった。
「きゃー、ほんとっ?」
嬉しすぎて、お箸を置いて信長様の横へと移動した。
「何だ、さっきまで沈んだ顔をしていたが、単純な奴だ」
信長様は私の髪を梳きながらふっと笑った。
「だって嬉しくて。シンも連れて行っていいですか?」
「ああ、かまわん」
どうしよう、嬉しい。カッコいい。
「あっ、でも、明日までに届けないといけない物があって、仕立てた着物を、途中届けに行っても構いませんか?」
「かまわん。貴様の好きにしろ」
わ〜嬉しすぎる。本当にカッコいい。
「ありがとうございます。大好き」
ぎゅっと、信長様の腕に抱き付いた。
「ふっ、礼は後でたっぷり貰う。先ずはしっかりと食え」
夕餉を食べるように促され、ご機嫌な気持ちでお膳の前に座り直して箸を取った。