第60章 花屋夫人
お市が、そんな事を文で伝えてくれてたんだ。
「その文を読んで、少しだけ光が差した気がしました。そして文だけでなく、風の噂でも、貴方と信長の事を耳にする事が多くなり、それにつれ、信長の戦い方も変わったと、信包から報告を受けるようになりました」
その後も、秀吉さんが私を正室にする書状を持って伊勢国に来た事や、月華院様から、私に実際に会って懐剣を渡した事など、御母上様の元には、沢山の信長様の情報が届き、どんなに拒絶されても祝言には必ず行こうと、決めていたと言う。けれど、突然の中止で、居てもたってもいられず、信包さんにお願いをして、連れて来てもらったのだそうだ。
「あの子に許してもらおうとは思っておりませんし、許さなくて良いのです。ただ、あの子が今幸せに笑っていると聞いて、その顔を一目だけで良いから見たかった。私はあの子の母なのに、あの子の幸せな顔を思い浮かべることができないのです。いつも思い出すのは、私に裏切られた時のあの子の顔で..........」
御母上様の頬を伝う涙は、とても綺麗で、どこにも嘘や誤魔化しはないように思えた。
乱世によって捻じ曲げられたお二人の関係だけど、
今はただ、信長様の母として、信長様の事を深く思っている様に感じる。
「信長様は、とてもお優しくて素敵な方です。ちょっと意地悪な所もあるけど、それも含めて、私は大好きなんです」
「貴方が、あの子を変えてくれたのですね。ありがとう。アヤ」
御母上様の手が、優しく私の手を取り包んでくれる。
「私は何も、反対に信長様には沢山迷惑をかけていて......変えてもらったのは、私の方なんです」
試練にぶつかる度、どんな私でも良いと言って抱きしめてくれた信長様だからこそ、私は今ここにいて、幸せを感じていられる。
こんなに辛い事があったのに、私を深い愛情で包み込んでくれる信長様は、誰よりも強くて優しい人だ。
「本当に、大好きなんです。大切な、大切な人です」
言葉だけでは伝えられない程に、信長様が大切で、愛してる。
結局私も泣いてしまい、御母上様も泣きながら何度も私にありがとうと、お礼を言ってくれた。
信包さんが、時間だからと私を呼びにきてくれた時には、私達は抱き合う様に泣きじゃくり、信包さんを驚かせた。