第60章 花屋夫人
大きな客間で二人きりになった私達......
「あの、中庭が綺麗なので、縁側でお茶でも飲みながら、お話をしませんか?」
「そうね。そうしましょう」
優しく微笑む御母上様は物腰が柔らかで、聞いていた話とイメージが結びつかなかった。
・・・・・・・・・
「信長は、息災ですか?」
縁側に移動し、お茶を手に御母上様が口を開いた。
「はい。もうすぐ戦に行かれるので、その準備で忙しいですが、でも、元気です」
「中国攻めですね。信包も一緒に行くと聞いています。あの子には、今回は無理を言って連れて来てもらって...........」
御母上様は、ずっと、庭の一点を見つめている。
「...................私と、信長の事は知っていますね?」
「........はい」
「..........信長は若くして、御館様より那古野城を譲り受け、城主となりました」
御母上様は、言葉を慎重に選びながら、話し始めた。
「御館様が城を古渡城に移られる際に、私や他の子供達は一緒に従ったのですが、信長は城主として元の城に残り、別々に暮らす事となったのです。今思えば、あの時信長が城主ではなく、ただの息子で私と共に来ていれば、何かが違っていたのかもしれません」
遠くを見る目は、昔を思い出しているのだろう。時折お茶を口に運びながら、御母上様は言葉を続けた。
「その後、信長はうつけと呼ばれ、その素行の悪さは私の耳にも届いておりましたが、男子は元気がよすぎる位の方が良いのではないかと思っておりました。しかし、御館様がお亡くなりになり、その葬儀に現れた信長を見て、驚愕しました。その出で立ち、葬儀での振る舞い............この子が、これから織田家を引き継いでいくのかと思うと、不安になったのも事実です」
お父上様の葬儀での事は、信長様から聞いて私も驚いたのを覚えてる。
現代人の私の感覚でも驚いたのだから、厳格なこの時代を生きている御母上様はさぞ驚かれた事だろう。それが身内なら尚更なのかもしれない。