第60章 花屋夫人
「........アヤ、昨夜の余韻に浸ってる所悪いが、話の続きをしても良いか?」
「あ、はいっ、もちろんです」
昨夜の情事に一人思い出し悶える私に、秀吉さんは苦笑いしながらも話を続けた。
「信包様から新たに届いた書状には、その、御前様は、信長様に会えないなら、せめてお前には会いたいとおっしゃっているらしいんだ」
「.........わたし、に?」
「これを信長様にお話すれば、怒り出すのは必死だからな。嘘をついた所で、信長様を騙し切れるとは思わないしな」
一難さってまた一難とばかりに、秀吉さんはまた頭を抱えだした。
信長様の御母上様。
つまりは私のお姑様で...その方が私に会いたいと言ってくれている。
これは、嫁としてご挨拶するのは当たり前ではないだろうか。
それに、もしこのまま信長様がお会いにならないとしたら、今の信長様がどれだけ優しくて素敵な方かを知って頂くチャンスを逃してしまう。
それだけはしたくない。
「私.......御母上様にお会いしたいです」
「いや、お前がその気でも、信長様がなんて言われるか」
「っ、だって、この機を逃したから、今度はいつになるか分からないし、もう無いかもしれない。後で信長様には怒られても構わないから、私、お会いしたい」
「アヤ.......................そうだよな、お前なら、そう言うと思ってたよ」
ふぅ、と、諦めと覚悟の混ざったため息を吐きながら、秀吉さんは自分の顔をぱんって叩いて気合を入れた。
「よし、行くぞ」
「えっ?どこへ?」
「俺の御殿だ。信包様達はもう俺の御殿に着いているはずだ。信長様は信包様と昼餉を一緒に召し上がる予定で、そこにはお前も呼べと言われている。だから、御前様に会うなら今しかないんだ」
「えっ、でも私何も用意してない」
着物も髪も、言わゆる普段着で.....
「お前の準備は俺の御殿の者にさせるから心配するな。善は急げだ、行くぞ」
あっという間に話は決まり、私は針子達に急用が出来たことを伝えて、秀吉さんの御殿へと急いだ。