第60章 花屋夫人
「でも、どうして安土に?」
「信包様の書状によると、御前様は、信長様との仲を修復したいとお考えらしい。本当は、お前と信長様の祝言に来てそれを実現したかったらしいんだが、お前も知っての通り、祝言は延期となり、まだいつにするかも決めてはいない」
「っ、だから、来てくれたの?」
いつになるか分からない祝言までは待てないと思って、僅かでも、まだ雪の残る山を越えて、この安土に、信長様に会いに?
「そうなんだ。そんな御前様に引き返せとは到底言えなくてな」
「いつ、到着されるの?」
「明日には、もう、目と鼻の先まで来ていらっしゃるそうだ」
「.........そうなんだ」
でも、なぜ今なんだろう。修復をしたいのなら、岐阜城にいた時にできたはずなのに.....
それとも、何かがきっかけで、御母上様の気持ちが変わった?
「とりあえず、信長様の許可なくお城にお通しするわけには行かないから、明日は俺の御殿に来て頂くつもりだ。そこでお前には、何とか信長様に会ってもらえるように説得してもらいたいんだが....」
頼むと言わんばかりに、顔の前で合掌して私に頼み込む秀吉さん。
私だって力になりたい。
けど........
「信長様はきっと、本心から会いたくないんじゃないのかな.....」
それくらい、心の傷は深い所にあって、もう触れなくて済むように、堅く閉ざしてあるんじゃないだろうか。
それなのに、その蓋を開ける事を私がしてもいいんだろうか。
「お前が言いたい事も分かる。だけどな、俺はずっと、信長様がお強いのは、辛い境遇を乗り越えてこられ、人としての情けを一切断ち切られたからだと思っていたけど、お前が来て、人としての情を取り戻し、穏やかになられた信長様は、以前にも増してお強くなられた。だから、御前様とのわだかまりが解ければ、もっとお強くなられ、この中国攻めも有利に進む気がしてならないんだ」
「それは......私もできれば、とは思うけど、お二人の過去に踏み込むような事をして、更に信長様を傷つけてしまったら」
もう、信長様には悲しい思いをさせたくない。