第60章 花屋夫人
「信長様の御生母、土田御前様は、信長様のお父上の信秀様の御継室であったお方だ」
「御継室って?」
「御正室の方が、死去されたか離縁されたなどの理由でいなくなり、その後に正式な奥方として嫁いできた方の事だ」
「えっと、例えば、私が死んだり、信長様に離縁されたりしていなくなって、その後に御正室となられる方を、御継室と呼ぶって事?」
何だか周りくどいな。
そのまま御正室でもいい気がするけど....
「こらっ!お前、今の例え、間違っても信長様の前で言うなよ。お前が死ぬとか離縁とか口にするだけで、どんな暴挙に出られるか分かったもんじゃない!」
秀吉さんが慌てて訂正してくる。
「う、うん、分かってるよ」
(そんな事言ったら、どんかお仕置きをされるか、考えただけで足がガクガクする)
信長様は、嘘や裏切りを何よりも嫌う。
一部の側近以外を信じなくなった理由は、親兄弟の裏切りと、母上様の言動だったと、以前、秀吉さんが教えてくれた。
「信長様と御母上、そしてご兄弟の間に何があったのかは、前に教えたよな?」
「うん......」
信長様の身に起きた、あまりにも悲しい出来事。
「あんな事があったが、この安土に移る少し前まで、信長様は御前様と同じ岐阜城で暮らしていたんだ」
「え⁈......だって......」
御母上様は、兄弟を手にかけた信長様を許さなかったって.........
「御前様には、信長様を含め六人のお子がおられる。お市様もその一人だ。
信長様が岐阜城に移られる際、お市様初め、他の数名の御兄弟も一緒に移られた為、御前様も一緒に従ったんだ。もちろんその間に、信長様と御前様がお話をされた事はないに等しい。一番末弟の信包様が伊勢国にお城を構えられる事になるのと、お市様が嫁がれる時期が重なり、御前様を信包様が連れて伊勢国へと行かれた。それ以来だ」
「............そうなんだ」
憎まれていると分かっていて、同じ屋根の下で暮らし続けていたなんて、一体どんな気持ちで.......
いつの時代でも、子供を産み育てる事は大変な事なはず。お腹を痛めて産んだ子供達に愛情の差はないはずだと思うけど、まだ親になってない私には分からない。
実の子供同士が命を奪い合う。
母として、こんなに苦しい事はないはずなのに。