第59章 奥の務め
「あの、........私.......戦には一緒に行きません」
「.....................................何?」
「お城に残って、信長様が無事に戻られるのを、お城のみんなと待ってますから、代わりにこの羽織りを、持って行ってもらえませんか?」
アヤが再度、羽織りを俺に差し出した。
そこで俺は、漸く渡された羽織りを手に取り見た。
それは黒を基調に、金糸や銀糸が織り交ぜられた立派な羽織り物で、一針一針、丁寧に仕上げられた物だと分かる。
「一針毎に、信長様の無事を祈りながら仕立てました。これを私だと思って、持って行ってほしっ...あっ!」
堪らず、アヤを抱き寄せる。
「何が、貴様の心を変えた」
あれ程ついて来たいと言っておった貴様が、
「っ、ほんとは、今でもついて行きたいです。離れたくないし、信長様の無事を毎日この目で確認したい」
「では、何故」
すーっと、大きく息を吸って、アヤは俺をしっかりと見つめた。
「..........私には、する事があるから.....」
「どういう意味だ?」
「私は、信長様の妻だから.......信長様が安心して戦に臨めるように、ここで、信長様に代わって、お城のみんなを、家族を守りながら、信長様の無事のお帰りを待ちます。その、何の力にもならない事は分かってますけど.....あ、薙刀は、結構上達したんですよ?」
「...........アヤ」
落ち着きなく手を使いながら、必死で俺に話をするアヤ.....
貴様は本当に、いつも俺の考えの先を行く。
本当は、貴様を連れて行きたい。
奥の仕事など、俺にはどうでもいい。
片時も離さず、俺のそばで笑っているならそれでいい。
だが、貴様に想いを馳せる毛利元就に、一寸たりとも貴様を近づけたくはない。同じ空気すら、もう吸わせたくない程に、俺はあいつが憎い。
本当は、そう伝えるつもりだった。
だが、俺が何かを言わずとも、貴様は答えを出したのだな。
俺の為に、俺を、支える為に..........
「貴様の考えは分かった。この羽織り、しかと受け取った。貴様だと思って、片時も離さず羽織る事にする」
思いの込もった羽織りを身にまとい、アヤをきつく抱きしめた。