第59章 奥の務め
「の、信長様.........どうして?」
こう言う顔は、やはり呑気だな。
「どうしたは貴様の方だ。飯も食わず何をしておる」
「えっ?.............あっ!」
キョロキョロと部屋を見渡し、何かを思い出したように、俺の腕から降りようと体を捩り出した。
「すみません。私今日中に終わらせたい事があって、降ろしてもらえますか?」
腕の中でジタバタと、本当にこの女は思い通りにならない。
「貴様に話がある。このまま天主へと連れて行く」
「えっ、や、私もお話ししたい事があるんです。でも.......」
チラリと、アヤは俺の足元に広げられた縫いかけの着物に目をやった。
「この着物をどうしても今日中に仕上げたくて、あと少しなんです」
「そんな事は明日にしろ、話がある。まずは何かを食べよ」
「でも.........」
よほど未練があるのか、アヤは縫いかけの着物から目を逸らす事なくじっと見つめる。
「.........あと、どれ位かかる」
ため息を吐きアヤに尋ねた。
「え?.......あ、仕上げだけなので、本当に少しで終わります」
また、皆からアヤに甘いと言われそうだが、仕方ない。
アヤを腕から降ろして少しだけ待ってやることにした。
「分かった。何か食べる物を用意させる。その間に終わらせろ」
「は、はいっ、ありがとうございます。ごめんなさい。わがままを言って」
アヤは俺に謝りながらも素早く針を手に、着物を縫いだした。
「ふんっ、貴様に手がかかるのはいつもの事だ。いいから早く終わらせろ」
集中しだしたアヤからの返答はない。苦笑しながらも、俺はその間に台所へと向かい、握り飯を用意させ、再び針子部屋へと戻った。