第59章 奥の務め
「信長様っ!」
漸く軍議が一段落し、天主へ戻ろうとした時、秀吉に呼び止められた。
「秀吉か、どうした」
「アヤの事です。信長様は本気でアヤを中国攻めに連れて行くおつもりですか?」
その話か.........
「アヤにも伝えてあるが、貴様ら全員の了承を得られればな」
「そんな事、俺を含めた全員が、アヤを連れて行く事には反対です」
そうであろうな。
「では、連れて行かぬだけだ」
「それならば、信長様からアヤに城に残るように説得して下さい。ここ最近のあいつを、俺は見てられません」
何か、秀吉とあったのか.....それとも秀吉が何かを厳しくアヤに言ったのか......
いずれにせよ、アヤが今、焦っているのは分かっていた。
「貴様の言い分は分かった」
それ以上は何も言わずに天主へと向かう。
ここ数日、アヤの寝顔しか見ていない。
その寝顔も疲れ果てていて、同じ褥に横たわり腕の中に閉じ込めれば、たった数日なのに痩せた事が分かった。
毛利との国境に放ってある斥候から知らせが届いたのは10日ほど前の事。
武器や食料などがどんどん支城に運び込まれ、敵方の動きが活発になっていると言うものであった。
今年は暖冬で、いつもは雪化粧が施される山ですら、僅かにうっすらと雪が被る程度。戦は予定より早まると思わざるを得ない。
あとふた月あると思われていたものを、急遽半分のひと月で準備をしなければならなくなり、城内はその準備に追われた。
天下統一に中国攻めは避けては通れぬ。
引き金は、アヤが拐われた事だったが、遅かれ早かれ避ける事はできなかったこの戦......
地の利も向こうにあり、強大な力を誇る奴の水軍の力は、認めざるを得ない。
戦局は、一進一退。
両者一歩も譲らぬこの戦に、アヤを連れて行く事は不可能であったし、ついて行くと言い出すのは予想外だった。