第58章 合図
「...............で、何でここにいるわけ?」
たまたま城詰勤務中の家康の部屋に私は泣きながら転がり込んだ。
「ううっ、だってー、ううっ」
「はぁ〜...........正直、出てって欲しいんだけど.....」
家康は心底面倒くさそう。
「ううっ、そんな事言わないで、他に行くとこが.....」
「行く所がないなら飛び出さなければいいのに、本当、向こう見ずで単純だね」
薬研を挽きながらも家康はため息をつきっぱなしだ。
「で、今度は何?」
「ううっ、聞いてくれるの?」
「はぁ?聞かないと、あんた出て行かないでしょ?」
「おっしゃる通りで、ううっう〜」
家康の気が変わらないうちに、私は事の次第を説明した。
「............はぁ、それは、あんたが悪い」
「何で?」
「俺が信長様なら、まず越後には行ってない」
「それは、敵地....だから?」
「それもあるけど、行きたい所はどこかと聞いて、男に会いたいと言われて、更に、あんたを連れ去った張本人と出くわして、あんたはそいつに友達でいたいって泣いたんでしょ?はぁ〜あり得ないね」
「そんなに、怒る事?だって、佐助君のおかげで私達は今一緒になれたし、幸だって、最後は私を助けようとしてくれて」
やっぱり、お友達のままでいたいって、また笑い合いたいって思ったのに。
「あんたは、あんたのいなくなったあの信長様を見てないから、そんな事が言えるんだ」
薬研を挽く手を止めて、家康が私を見た。
「私の........いなくなった、信長様?」
「そう、見てられなかったよ。あの人とは長い付き合いだけど、あんたを拐われて、取り戻せなかったのは自分の弱さが原因だって責めて、勿論俺たちにそんな事は言わなかったし、いつものあの人だったけど、みんな分かってたと思う。あんなに自分を痛めつけるように自身を更に磨き上げる信長様を見たのは初めてだったから」
...........うそ、だってそんな、そんな事.....信長様は一言も.........................
...........言うはずない。
だって、信長様は皆んなの将で、皆んなを纏めなきゃ駄目で、弱音なんて誰にも吐けないに決まってる。