第57章 忍びの旅
「アヤ」
震える私を抱き寄せる手に力を込めて、信長様が「大丈夫だ」と耳元に口づけるように囁いてくれた。
そんな私達を見て、幸と信玄様の眉間のシワは更に深くなった。
................怖い。でも、幸に会えたら伝えたい言葉がある事を思い出し、私は幸の手を取った。
「.........あのね、幸、こんな形だったけど、私は幸にもう一度会えてよかったよ。あの時、佐助君に私を助け出す事を頼んでくれてありがとう。私、幸が敵方の武将だなんて全然知らなかったから、きっとたくさん無神経な事を言って傷つけたよね。本当にごめんなさい」
口が悪くてぶっきらぼうだったけど、安土に来たばかりの不安な頃、幸の存在に沢山助けられた。
「っ、.......................」
幸の困惑が、手を通して分かった。でも、手を振り払わない幸の優しさに、やっぱり胸が温かくなった。
「ふっ、幸〜、お前の負けだな」
信玄様が顔を緩め、幸の背中をぽんっと叩いた。
「安土の姫、君には俺の方が詫びを入れたいと思っていたんだ。いくら信長の女とは言え、私怨に駆られ、君を傷つけてしまった。悪かった」
目の前の、体躯の良い武将が私に深々と頭を下げている。
こんな事ができる武将もいるんだ。
幸が、自分の信念を曲げてでもその無念を叶えてあげようとした気持ちが、少し分かった気がした。
「や、やめて下さい、こんな、私はこの通り無事でしたし、誰のせいでもありません」
慌てて頭を上げてもらう様に言葉を発すると、
「お前、あんな目にあったって言うのに、何でそんな呑気なままでいられんだよ。俺は、お前を利用したってのに」
私の手を優しく離して、幸は、バツが悪そうに口を開いた。
「幸...........私、利用されたなんて思ってないよ。あの反物屋さんでのひと時は、私にとって大切な思い出なの。本当に幸の存在に助けられていたから。もう、お友達にはなってもらえないと思うと寂しいけど.......やっぱり、ダメ、なんだよね?」
「バカ、お前またそんな人の良いこと言って、もう、信長の嫁になったんだろ?いい加減自覚して、少しは疑う事を覚えろ」
「あ、うん。そうだね、お嫁さんになったんだった。へへっ」