第57章 忍びの旅
「.............っ、アヤ?お前.....何でここに、って、貴様、信長っ!」
私の知ってる、優しい幸の顔は一瞬で消えて、私の後ろにいる信長様を見た途端に刀に手をかけ、険しい顔で睨んだ。
「ゆ、幸、待って!」
(どうしよう、正体がバレた)
オロオロする私とは反対に、信長様は表情を崩す事なく椅子から立ち上がり、私を抱き寄せた。
「信長様」
「答えろ、なんで貴様が上杉の城下にいる!」
ビリビリと殺気が伝わってくる。私の知ってる幸とは別人みたいだ。
「物見遊山だ」
「は?貴様っ、ふざけんなっ」
しれっと言う信長様の言葉にキレたように、幸は刀を抜き出し始め、その刃がきらりと光った。
「幸やめてっ!お願い」
必死で叫んだその時、刀を抜こうとする幸の手を、他の手が止めた。
「そこまでだ。」
その手の主は、幸より背が高く体格の良い男性で...........
「くっ、何だよ信玄様、止めんなよ」
幸はその人を信玄様と呼び、悔しそうに刀を収め、手を離した。
「城下で騒ぐな。民衆が困るだろう」
その人は人懐っこい笑顔を幸に向け、ぽんぽんと、まるで子供をあやす様に、幸の頭を撫でた。
「俺は、武田信玄だ。これは、俺の家臣の真田幸村。お前は、織田信長だな」
幸に向けた優しい顔とは正反対の、敵意に満ちた顔で、男性は私たちに向き直った。
「そうだ」
この状況を楽しむかのように、信長様は口角を上げながら答えた。
武田信玄って、たしか........信長様との戦に敗れて、凄く恨んでて、それで私を拐うように幸に命じた人!?
どうしよう、そんな人と偶然会ってしまったなんて!!
「っ、あの、本当に私達、騒ぎを起こそうと思って来たわけじゃないんです。どうしても会ってお礼を言いたい人がこの城下に住んでいたので、それで、私が信長様に無理を言って連れて来てもらっただけで、もう、その人にも会えたので、直ぐにここを出ますから。急に来て、ごめんなさい」
自分の声が震えているのが分かる。
三人の冷気や殺気が漂うオーラに絡まれて、脚もガクガクと震えてしまっている。