第57章 忍びの旅
〜数日前〜
「春になり、祝言を済ます頃にはまた中国攻めが始まる。そうなると中々貴様との時間を作れなくなるゆえ、今の内に行きたい所に連れて行ってやる」
夜、天主で私の膝枕で寛ぎながら、信長様が言った。
「戦、やはり始まるんですか?」
平和な日が続くとつい忘れがちになってしまうけど、今も毛利との国境では一触即発の状態が続いている。
冬の間は、それぞれの国境を挟む大きな山々が雪に覆われ戦を阻んでいるため、お互い暗黙の了解の様に小休戦となっているだけだ。
「貴様を拐い、傷つけた報いは受けねばならん」
信長様は、私の左肩をそっと撫でた。
「っ、こんな傷は大したことではありません。もし、私のためなら戦は無用です。私はここにいますし、もう離れませんから」
戦は、悲しみしか生まない。
信長様がいかに強くて無敵だとしても、あの時の様に戦い傷ついて欲しくない。
「毛利をこの手で潰すまで、安心はできん」
「でも、」
「くどい!如何に貴様と言えども、この事に口出しはさせん」
「........信長様」
不安を掻き消すように信長様の髪を撫で、口づけを落とす。
誰にも傷ついて欲しくない。
信長様の目指す天下布武は、無血で叶える事は出来ないんだろうか。
「泣くな」
気づけば、涙を流していたみたいで、信長様の頬を濡らしていた。
「っ、ごめんなさい。ただ不安で....」
支えると決めた時から、なるべく泣かない様にしようと思ってたのに.......
慌てて涙を拭うと、その手を掴まれた。
「不安がる事など何もない、貴様は呑気に昼寝でもして俺の帰りを待てばいい」
「離れたく...ありません。私も....信長様と一緒に行きたい」
「それはできん」
「どうしてですか?」
中国攻めの地は遠く、出征したら、一月は会えなくなってしまう。それなのに、毎日、無事を祈りながら過ごすなんて無理だ。
「アヤ」
膝枕をやめて身体を起こすと、優しく頬に手を当て見つめられた。
「貴様には、無理だ」
「そ、そんな事ありません。怪我人の手当てをできるように、今から家康に習います。迷惑はかけませんから」
「アヤ」
顔を引き寄せられると、おデコや頬、目元と、あらゆる所にキスを落とされた。