第56章 恋の指南
暫くすると、襖が開いて一人の女性が入ってきた。
「............あっ!」
その女性を見て、思わず声を上げてしまった。
その人は、光秀さんの間諜の方。
以前、私が未来に帰ると言って信長様の元に挨拶に訪れた時に、信長様と絡み合っていた(様に見えた)女性だ。
私の声に女性は気がつきニコリと微笑んだ。
「アヤ様、ご無沙汰しております。また婚姻の儀、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
なぜ、彼女が......
「私は麻(あさ)と申します。私の主君、明智より、皆様の御指南を仰せつかりましたので、本日より、よろしくお願いします」
彼女が軽く頭を下げると、黒くて艶のある髪がさらりと揺れた。
「あなたは確か、光秀様の所の間諜でしょ?私達に間諜の仕事を教えるつもり?」
ありえないと言いたげに、一人の姫が言った。
「いえ、私が皆様にお教えするのは、あくまでも武家の女性として殿方をお支えするのに必要な事です」
「男を惑わすのが仕事でしょ?何も教わることなんかないわ」
明らかに嫌悪感を口にする姫もいた。
身分の差がはっきりしていたこの時代、姫達は武家の女子として、厳しく、誇り高く育てられてきたから、仕方がないのかもしれない。
しかし、麻さんはそんな事想定内だったのか、クスリと笑った。
「一度、試しに聞いて頂いて、お気に召さなければ代わりの者に来て頂きますので。それに、男を惑わす手管は、皆さんも気になりますでしょう?」
命がけの任務をこなしてきた彼女に言葉や態度で敵う者などいるはずも無く、彼女が艶やかな髪をさらりと垂らしながら妖艶に笑うと、もう、誰も異論は唱えず、そのまま静かに彼女の講義を聞く体制になった。
「では、私が皆様に何をお教えするかについて説明致します。その中からお好きなものを本日は選んで頂き、お話をすると言うのはどうでしょうか」
麻さんはそう言うと、紙を広げ皆に見せた。