第53章 秀吉のぼやき ④
「秀吉、明日は休みを取れ」
信長様はニヤリと笑いながら刀を収めた。
「..........はっ?ですがっ....」
俺がいないと誰が軍議を纏めるんだ。
「一日ぐらい、貴様などおらんでも何とでもなる。それよりも貴様自身のその迷いにけじめをつけて来い」
けじめをつける。
男として成長して来いと、信長様は言いたいのだろう。
「っ、分かりました。.........けじめを、つけてきます」
俺は深く頭を下げた。
「ふっ、次は逃すなよ」
信長様はそう言うと、稽古場を出ていかれた。
「次はって、信長様は知って.....」
信長様は、俺がお市様に思いを寄せていた事も知っていたのだ。
こうして俺は休みをもらい、葵を逢瀬へと誘い出した。
いつもの茶屋の前で予定より早く行くと葵は既に待っており、俺を見るなりその綺麗な顔を綻ばせた。
俺は葵の手を取って湖へと歩き、舟を借りて漕ぎ出した。
「寒くないか?」
天気が良いとはいえ、この師走の寒い時に舟など、俺とした事が失敗した。
散々浮き名を流してきたのに、本気の恋にはまるでダメだ。
「いえ、秀吉様とご一緒出来るだけで楽しいです」
少しはにかみ笑う葵を今すぐ抱きしめたい。
「葵」
手を取ると、やはり冷たくなっている。
「悪いな。こんな寒い時に舟になんか乗せて。だがお前と二人で話したかったんだ」
「大丈夫です。アヤの事ですか?」
葵には、散々お前の気持ちには応えられないと言ってきた。だから、こんな状況で、二人きりで話しがあると言っても、アヤの事だと思うのだろう。