第53章 秀吉のぼやき ④
「.....隙だらけだな」
あの日の信長様の言葉を思い出しながら廊下を歩いていると、
トンッ...と、背後を取られ、首を切り落とすような仕草で軽く肩を叩かれた。
「っ、.............信長様」
「俺の片腕がこんなでは、先が思いやられる。ついて来い」
顔で合図をすると、そのまま稽古場へと連れて行かれた。
「どこからでも討って来い」
信長様はスラリと刀を抜くと、そのまま下に降ろし、構える事なく俺に言った。
「どんな理由であれ、主君に刀を向けるなど出来ません。手合わせなら木刀で」
真剣でなど.....おそれおおい。
「自惚れるな!今の貴様では、俺にかすりもせん」
信長様の目は本気だ。
喉が、ゴクリと鳴る。
「そこまで仰るなら.............いざ」
俺は刀を抜き、構え、信長様に斬り掛かった。
キィーンと刀のぶつかる音。
だが次の瞬間、俺の手から刀が消えた......
「えっ?」
刀は俺の背後でビーンと音を立てながら、床に刺さっていた。
その刀に目を奪われた隙に、信長様の刀が俺の喉を捉えた。
「っ.............」
「今の貴様では、猫一匹も殺せぬ」
信長様の構えには、一寸の乱れも迷いもない。
俺が叶わないのは昔からだが、更にお強くなられた。
この一年、アヤを守る為に己を磨き上げてきた信長様に、迷いだらけの俺が敵うわけがない。
「愛する者をその手に抱くことも出来ん臆病な奴に、軍は守れぬ」
「っ........ですが、俺の命は信長様に捧げております。それなのに.......」
「ふんっ、貴様の命など要らぬし、捧げて貰わずとも、俺は織田軍もアヤもこの手で守る」
その通りだ。
愛する者の為、迷いを断ち切られ更に大きくなられた信長様に、今の俺は役不足だ。
俺はもう何も言えずに、ただその場に立ち尽くした。