第48章 信長の許嫁
「アヤ、これを」
母屋へ戻り、月華院様のお部屋に通され座ると、月華院様が細長い桐箱をスーッと私の方に押して置いた。
「これは?」
「手に取って、中身をご覧なさい」
掌より長めのその桐の箱を手に取り上蓋を開けた。
「これは......」
中には、豪華な装飾を施した袋と、綴じられたその袋の中に何かが入っているみたいだった。
「それは、懐剣です」
「かい....けん?」
えっと、短い刀だよね。
「織田家の正室となる女性に代々受け継がれている懐剣です。それをアヤ、あなたに」
「えっ?」
私に?どう言うこと!?
「これは、父が兄に攻め滅ぼされる前に行われた結納で、信長様の母上から預かったものです。私たちは夫婦にはなりませんでしたから、本来なら信長様にお返しをしなければならなかったのですが、父が殺され、兄も滅ぼされ、私も心を病んで出家をしたため、ずっとこの様に手元に置いてしまって」
何だか、とても重要なものなんだということはすぐ理解できた。
「そっ、そんな大切な物、私ではなく信長様にお渡しになった方が」
大切なものだと聞いたからか、手の中の懐剣が急に重みを増したように感じた。
「実は、信長様には何度かお返ししようと思い言ったのですが、生涯女は側に置かぬから要らぬと言って受け取ってはくれませんでした。でも今回、アヤあなたを連れて来てくれました。貴方はきっと信長様の正室になられる女性だと、私は確信しました。ですからこれを貴方に持っていてほしいのです」
月華院様は、とても優しく微笑んだ。
「あの......私は、本当に姫でも何でもないんです。何の後ろ盾もないただの普通人で、信長様の正室になんて絶対になれないんです。だから、これは受け取れません。本当にご正室になられる方が来られた時に、渡して下さい」
あぁ、またこれだ。この話になると、立ってるのか座ってるのか分からなくなるような、地面を掴めなくなる様な感覚に襲われる。こんな話は本当にしたくないのに。