第46章 二人の時間
「バカね。兄様がアヤ以外を側に置くわけないのに」
顔を隠すように泣いてしまった私の肩に、お市が優しく手を置く。
「キツく言ってしまって、私も悪かったわ。でも、家同士で決められた婚姻関係だとしても、愛はあるのよ」
お市はそう言うと、膨らんだお腹に手をあてた。
「私は別に好きな人がいたわけではなかったけど、いずれは、兄様の周りの武将の誰かと結婚するのかな位に思ってたの。でもある日、長政が家督を継ぐことになって、同盟国である兄様に挨拶に来た際に、私は彼に一目惚れをしてしまったの。だから、兄様に浅井に嫁に行かないかと言われた時は嬉しくて、二つ返事で了承したわ」
綺麗に微笑むお市の顔と、外国へと渡った椿の姉上様の顔が重なった。家同士が決めた婚姻でも、二人は相手の方に恋をした。椿の姉上様は全てを捨ててまでもその愛する人と生きる事を選んだ。そして、お市も。
「 アヤ達に負けないくらい、私達も愛し合ってるって自信があるわ。じゃなければ、子供は授からないもの」
お市が綺麗なのは、容姿だけではなく、この自信と強さが更に彼女を輝かせるからだ。
「全然勝てないよ。私は逃げてばかりで、今もまだ、信長様を支えていく自信がない。でも、側にいたい」
「本当にバカね。アヤが何かをする必要はないのに。ただ兄様の側にいるだけでいいのに」
「でも、それじゃあ何の力にもなれない」
天下布武という、大望を叶える為の手助けにはならない。
「さっき、私が言った、兄様が狂ったように領地を広げてって言葉覚えてる?」
「う...ん」
それを聞きたくて、一緒に湯浴みに来たから。
「兄様は、アヤを守れなかったのは、自分の力を過信した事が原因だとご自分を責められて、二度とこのようなことが起きないようにと言って、東西両方の領土をどんどん支配して行ったの。特に、アヤを攫った毛利のいる中国攻めには力を入れていて、長政もその戦に加わっていたってわけ」
「そんな事が....」
「長政を戦に送り出す日、兄様もご自身の送り出す兵を率いてこの小谷城まで来てくれたんだけど、その表情は、アヤと出会う前の兄様に戻っていて、とても悲しかったわ」