第37章 都合のいい女
「アヤ?」
怪訝そうな信長様。
「......っ、仕事だって事は分かってます。でも、次からはその匂いを消してから私の元に帰ってきてください」
さっきまでは、都合の良い女上等なんて思ってたけど、やっぱり心がざわつく。私って、つくづく人間が出来ていない。
この間の宴会から遊女屋での女の人、そしてまた今日も女の人の匂い。
「仏の顔も三度までって言葉を知らないんですか?」
フツフツと湧き上がる怒りを堪えるように言葉を紡ぐ。
「なら、まだ二度だから後一度は大丈夫だな」
しれっと信長様は誤魔化して、私をもう一度抱き寄せようと手を引っ張った。
私がこの間の事を知らないと思ってるみたいだ。
「やっ、嘘つきっ!」
その手を振りほどこうと腕を上下に振ったけど、ビクともしない。
抵抗も虚しく、その腕の中へと力強く抱きしめられた。
「貴様、見ておったのか」
「......っ、見ました。綺麗な女の人と仲睦まじい感じの信長様を。仕事だから信じようと思ってたのに、なのになんで嘘をつくんですか?」
きっ、と信長様を恨めしそうに睨み上げる。
なのに、信長様は何だか口元が笑っている。
「?...私、怒ってるんですよ。なのに何で笑ってるんですか!」
「いや、貴様はどんな顔も愛らしいな」
実は、光秀からアヤに見られた事は聞いていた。涙で瞳が潤んでいだ事も。
信長は実際、アヤに初めて手を出したあの夜から、アヤ以外の女を抱いてはいない。他の女を抱くチャンスはたくさんあったが、その度に、自分の身体がアヤではないと反応しない事を思い知らされ、アヤへの愛情の深さを痛感するのだ。
なのに、アヤは一向に自覚しようとしない。あらゆる疑いを作っては勝手に落ち込んでいる。
まぁそれも、ヤキモチから来るものなので、信長も悪い気はしなかったが、あまりアヤの内に眠らせると、大きな膿となってまた臥せってしまわれても困る。
今回の事も、いつアヤがその疑いを向けてくるかと待っていたが、一向に聞いてこないため、自分から仕掛けたのだった。
案の定、アヤはその誘いにのった形となり、今目の前で、頬を赤く染め怒って睨みつけている。
それがどうしようもなく可愛くて口元が綻んでしまった。