第37章 都合のいい女
「出来た!」
ようやく一枚の着物が仕上がり、それを手に取って仕上がりを確認してみる。
あれっ?
持ち上げた着物越しに人が見えた。
そーっと着物を下ろしてその人物を確認すると、
「信長様っ!」
脇息にもたれてこっちを見ている信長様の姿があった。
「っ、いつからそこに?声をかけてくださればよかったのに」
「何度も声をかけたが気づかなかったのは貴様だ」
ちょっと機嫌が悪そう。
「そうだったんですね。ごめんなさい。何か用事でも?」
信長様が針子部屋に来るなんて珍しい。
「用事でもではない。夕餉も食べず、女中の呼び出しにも応じず、心配で見にこれば俺の呼びかけにも答えぬ。まぁ、良い目をした貴様を見るのも悪くないと思い待ったおった」
もう、そんな時間?
針子仲間が帰った時は明るかった部屋が、いつの間にか行燈の灯りで照らされている。行燈を付けに人が入って来たことすらも気づかなかった。
「すみません気づかなくて。でも、信長様がここに来るなんて珍しいですね」
「.......こっちへ来い」
「?」
私の質問には答えてくれずに来いと言われて不思議に思ったけど、機嫌が悪そうだから私は立ち上がって信長様の元へと行った。
「わっ!」
手の届く距離まで近づいた途端、腕を掴まれ引き寄せられた。
急な事に体は支えを失って、信長様の胸へと倒れこむ形となった。
びっくりしたけど、こうやって急に抱きしめられるのは嫌いじゃない。
大好きな人の匂いを吸い込むようにその胸に顔を埋めた。
くん、と匂いを吸い込むと、ふわりと香る女の人の香の香。
「!」
一瞬で頭が冷えて、突き放すように信長様の胸から離れた。