第34章 悲しみの先
中庭に通じる廊下に出ると、そこには入りきれない程の民衆で溢れていた。
「アヤ様!」
一人の者がアヤに気がついて声を上げた。
わぁと中庭に歓声が上がり、皆がアヤの元へと駆け寄ってきた。
「中庭に、降りてもいいですか?」
「構わん、行ってこい」
周りは見張りの者が目を光らせておるし、俺もついている。
アヤが中庭に降りると、皆がアヤを取り囲んで持ってきたものを次々と手渡して行く。
僅か半年。
しかも、俺の禁止令もあり城下にはそんなに頻繁には行けていないはずだ。
なのにどうだ、この民からの慕われようは。
俺が力で支配するのに対し、アヤはその心で人の気持ちを支配していく。
気づけば、城内も城下も俺自身もすっかりアヤの優しい雰囲気で包まれてしまっている。
だが、悪くない。
向こうの渡り廊下を見ると、甲冑を着たじじいの姿が見えた。
「何だじじい。また嫌味を言いに来たのか。戦でも無いのに甲冑姿で、貴様も暇だな」
「これは御館様。城に民衆が詰めかけていると聞き、一揆や反乱だと思い馳せ参じた次第にございます.......」
「貴様らしいな」
俺も、同じ事を思った。
民衆が城に詰めかけるなど、そのような類しかなかったからな。
「見よ。あれが、アヤの持つ力だ」
なんの力も、後ろ盾もない娘がその身一つで民衆の心を捉えている。
「某の娘も、それはそれは心根の清い、優しい女子だと申しておりました。あの日以来、あまり口を聞いてはくれませんが」
「そうだ。俺にはないものを持つ、俺には必要な女だ」
「だが、貴様も俺には必要だ。俺が天下布武を成し得る日まで、死ぬなよじじい」
「うぅっ、御館様、なんとお優しい..........御館様から今生でそのようにお優しいお言葉を頂けるとは、それもみな、あの娘が......ううっ」
腕を目頭に押し当て泣き出すじじい。
「ふんっ、じじいの涙など見とうないわ、早く帰って他のじじい共も大人しく説き伏せておけ」
「はっ、他の老中達は某が必ずや説きふせましょう。しかし、叔父の信光様や弟君の信包様達がどのようにおっしゃられるか」