第33章 愛するという事
「水を飲むか?」
「いえ、大丈夫です。もう少しだけこうしていて下さい」
震えながら、俺に抱きつくアヤ。不安そうだ。
「ふふっ、信長様の胸の音が聞こえます。ゆっくりで、安心します」
どんな時も笑顔で話そうとするアヤに胸が締め付けられた。
「貴様の音は凄いぞ、早くてうるさい」
だが、心地いい
「誰のせいだと思ってるんですか?」
「分からんな」
顔を近づけると、アヤは目を閉じた。
「失礼します。朝餉をお持ち致しました」
だが、女中の声が襖越しに聞こえると、
「っ、」
一瞬で顔が強張り、俺の膝の上から飛ぶように離れた。
ここで漸く、アヤが何を恐れているのかに気づいた。
じじいに言われた、『城の者はみんな言っている、どこでも体を開いて御館様を惑わす娼婦』
だと言う言葉がアヤの心に鋭く刺さっている。
思えばこの半年、アヤは随分と無理をしてきた。
欲しいものは何もないと言い(外出にはこだわっていたが)日々俺と城の者たちのために頑張っていた。
なのに、俺の一方的な思いと行動に無理矢理巻き込んで、信長の寵姫としてその身を狙われ、自由と平和を望むその身にはさぞかし辛かったに違いない。
それでも、アヤは笑って俺の愛を受け止め、愛を囁き返してくれていた。
「今日は、遅くなりますか?」
不意に、アヤが口を開いた。
俺が考え事をしていたのを、機嫌が悪いとでも思ったのだろうか。
「いや、なるべく早く終わらせて戻る」
普通に返事をすると、ホッと顔を綻ばせた。
また、無理をさせている。
「アヤ、体調が悪いなら無理することはない。今日まではどうせ、天主から出ない方がいい。先に寝ても構わん」
「はい。」
「では行ってくる。無理はするな」
青白く覇気のない顔に口づけ、俺は天主を後にした。