第32章 トラウマ
また時間が経って、私はもう一度、天主の外へと出てみることにした。
さっきの不可解な出来事の理由が知りたい。
襖を開けて、ゆっくりと片足を前に出した。
足は何の問題もなく廊下を踏んだ。
ほっ、何だ、大丈夫じゃん
そう思って顔を上げた途端、目の前に広がる廊下を見て、胸がドクンと高鳴り、さっきの様に苦しくなって来た。
なに....これ。
慌てて部屋に戻って呼吸を整える。
怖い、
外に出るのが怖い。
どうしよう、怖い!
『城の者はみんな言っている、どこでも体を開いて御館様を惑わす娼婦だと』
不意に、葵のお父さんに言われた言葉が頭をよぎった。
城の者みんなが言ってるって言ってた。
みんなが、私を娼婦だって言ってるって。
みんな、あんなに優しくしてくれてたのに、私の事、どこでも信長様を誘う女だと思ってたんだろうか?
本当は、さやしく見えて、笑ってなかったとか?
私の事、信長様を惑わす卑しい女だと思ってた⁉︎
どうしよう、怖い。
みんなに会うのが怖い。
葵のお父さんの言葉は、想像以上に私に響いていたらしく、その後も、何度も何度も呪文のように頭に浮かび、私は完全に天主に引きこもり、外に出られなくなってしまった。
ご飯も殆ど喉を通らなくなり、しまいには、膳を運んでくれる女中さんに会うのさえ怖くなって、襖の外に置いてもらうようにしてもらった。
昨日と同じく、部屋の縁側に腰をかけて外をずっと見て過ごした。
お腹は空かない。
襖の外に置かれた夕餉の膳を取りに行く気力もない。
こんなに私、弱かったっけ?
お母さんはいつも、気の強い私の性格を心配しながらも、「デザイナーという勝負の世界で生きて行くには向いてるわね」なんて言ってなかったっけ?
愛する人ができたら、人は強くなるんじゃないの?
信長様との仲を、未来を否定されただけで、こんなにも打撃を受けて立ち上がれなくなるなんて。
「少し、疲れたな.......」
ゴロンと床に横たわり目をつぶる。
「平気、何を言われても平気。きっとこれからだって言われるんだし。明日はもう怖くない。大丈夫。私は大丈夫.......」
何度も何度も繰り返し呟いて、自分に言い聞かせた。