第31章 見えない壁
下げた頭が......重くて上げられない....
ガクガクと震える膝はついに力を失って床についた。
「アヤ大丈夫?しっかりして、父が酷い事を、ごめんなさい」
葵が謝りながら背中をさすってくれている。
「私なら大丈夫。それより、これを信長様に届けてもらってもいい?私、今日は本当は天主から出てはいけない事になってるから。もちろん、さっきの事も内緒にして、ね?」
体の震えとは反対に、言葉はスラスラと出てきた。
「分かった。これは届けるけど、せめて秀吉様には話した方が」
「だめっ!これ以上みんなに心配はかけたくないの。それに、これは私がちゃんと歩いてたら起きなかった事だし」
「でも.....」
「お願い、葵、お願い。こんな事大した事じゃないし、急に刀で斬られそうになってびっくりしただけだから。信長様のお仕事の邪魔にはなりたくないの」
葵は、まだ納得した顔をしてはいなかったけど、「分かった」と言って、紙を信長様に届けに行ってくれた。
私は葵が行った隙を見て、ふらつく体を必死で動かして天主へと戻った。
部屋に入り、外の空気が吸いたくて、部屋の縁に腰を下ろした。
秋の風が心地よく吹いて私の髪を揺らす。
「.................ふっ、情婦と娼婦って何が違うんだろう?って、どっちも似たようなもんか」
笑いながら呟いたつもりだったけど、涙がとめどなく溢れ出てきた。
「っ.........」
唇を噛んで、歯を食いしばっても涙は止まらない。
泣いたら、何かあった事が信長様にバレてしまう。
信長様は葵の父上を責めるかもしれない。
葵の家は、代々織田家を支えてきた重鎮の中でも一、二を争う程の家柄で、影響も大きい。
それに、葵も巻き込む事になるし、そんな事あってはならない。